【アマデウス・ブログ番外編】天国のモーツァルトより(1)
こんにちは天国のモーツァルトです。
なんでブログ書いてんだよ!って??
まあいいじゃないですか。
まだ今年はちょっと残ってますし、
もうちょっとこっちにいさせて下さいね...。
ぼくが亡くなってから、
早速プラハの人たちが大規模な追悼ミサをしてくれました。
さすがにプラハの人たち、ありがたいことです...
気の毒に未亡人となってしまった最愛の妻コンスタンツェは、
ぼくの生前に出版されなかった楽譜を売って、
借金を完済してくれました。
それだけじゃなくって各地で演奏会を開いて、
ぼくの作品の普及に尽力したり、
未完の作品の補筆完成にも力を注いでくれました。
そういう才能があるならもっと早く発揮してくれればよかったのに、
ってちょっと思いますけど、
きっと彼女も取り残されてしまって必死だったのでしょう...。
そんな彼女も、めでたく再婚を果たします。
再婚相手はゲオルグ・ニコラウス・フォン・ニッセンというデンマークの外交官で、
ぼくの熱烈なファンの方でした。

ニッセンはコンスタンツェの話をもとにぼくの伝記をまとめてくれたので、
それがぼくの手紙を紹介した最初の重要な文献となりました。
都合の悪いところは要領よく削除してくれましたしね!
彼がこの作業をしてくれてラッキーでしたよ。
コンスタンツェはきっと幸せな人生を送ったのでしょう。
ぼくと違って80歳まで長生きして、
最後はぼくの父レオポルト、夫ニッセンと同じ墓に埋葬されました。
これはちょっと羨ましいかな。
なんたってぼくは聖マルクス墓地のどこに誰と埋められたのか、
わかんないんですからね!
ぼくには2人の息子がいましたが、
音楽をやったのは四男のフランツ・クサーヴァーの方で、
次男のカール・トーマスは手堅くミラノの役人になりました。
四男フランツ・クサーヴァーは、
アマデウス2世を名乗って演奏旅行をしたり、
作曲をしたり、まあそれなりに活躍しましたよ。
でも、この2人とも、結婚しなかったんで、ぼくの家系は途絶えてしまいました。
なんで結婚しなかったんだろう?できなかったのかな??
第201回 12月25日(月)放送
2006年 12月 25日 | Permalink
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1976年10月31日生まれ B型
