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山本耕史

山本耕史 1976年10月31日生まれ B型
2005年、エランドール新人賞、ギャラクシー賞月間賞(04.05月度)・同年間奨励賞、2004年ザ・テレビジョン・ドラマアカデミー助演男優賞 ほか
(撮影 林義勝)

山本耕史公式サイト



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2006年12月29日 (金)

【アマデウス・ブログ番外編】天国のモーツァルトより(5)

こんにちは天国のモーツァルトです。
調子に乗ってずいぶん長居してしまいました。
そろそろお時間がやってきたようです。
今年たまたまキリのいい年だったので、
運良くみなさんにお会いできたのかもしれませんね。
どうかまたお会いできるときが来ますように...

そのときまでぼくをお忘れなく...!

ザルツブルク

それではみなさん、ありがとうございました。
さようなら。

第205回 12月29日(金)放送

2006年 12月 29日 | | トラックバック (4)

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』特別編(9)ウイーンにてインタビュー

8月6日

創業15世紀というウイーン最古のレストラン、グリーヒェンバイスルにて。

店内はいくつもの部屋に分かれ、「サインの間」にはなんとモーツァルトのサインもありますが、ニセモノという説も。

すべてのロケを終えてこのレストランでの昼食の合間にインタビューを行いました。


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2006年 12月 29日 撮影日誌 | | トラックバック (0)

2006年12月28日 (木)

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』特別編(8)ザルツブルクにてインタビュー

8月4日

ザルツブルクの中心部にあるカフェ・トマゼリ。

1705年創業でモーツァルトも訪れたといわれるカフェでロケの合間の小休止中にインタビュー。この日の夜がオペラ「フィガロの結婚」の収録でした。

せっかくタキシードでビシッと決めたのに、なんと嵐が到来。
劇場外での撮影はキャンセル。ロビーでの撮影となりました。


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【アマデウス・ブログ番外編】天国のモーツァルトより(4)

こんにちは天国のモーツァルトです。
さて今回はぼくのあとの音楽家の皆さんからのお言葉をご紹介したいと思います。
正直同業者の皆さんなのでちょっと照れくさいんですけどね!

“常に私は自分をモーツァルトの崇拝者のひとりと考えています“
 “これは生涯変わることはないでしょう”

これはベートーヴェンくんのお言葉です。
彼はまだ少年のときぼくのところにきたことがあるんですが、
そのときもリスペクト光線出まくりでしたからね。
たいへんな病気になったり辛かったと思いますけど、
こんなに大成するなんて、ぼくもほんとうに嬉しいです。
彼がやっていることは、パパ・ハイドンやぼくがやっていたことから、
そうかけ離れてないですけど、いやなかなか凝ってますよ。
ちょっと暑苦しいときもありますけどね(笑)
最後の方の弦四なんてぼくも大好きですよ!

ヴォルフガング湖

“今日では私たちはもうモーツァルトのように美しくは書けない“
 “できるのは彼が書いたのと同じくらい純粋に書くよう努めてみることだ“

ブラームスさんのお言葉です。
このひとは相当苦労したようですけど、
ぼくやベートーヴェンの後じゃあそれも仕方ないですよね。
でもその苦悩や努力は大いに報われたのではないでしょうか?
クラリネットの曲なんてぼくも大好きですよ!

“私がこれほどモーツァルトを愛するのは—“
 “生の喜びが表現されている音楽に安らぎと慰めを求めていればこそです“

ピョートル・チャイコフスキーさんのお言葉です。
この方はぼくはそんなにわかりにくい曲を書いたとは思えませんけど、
ずいぶんひどい批判を浴びることが多かったそうですね...
ぼくも同業者からの妨害とか批判には苦しめられましたから、
お気持ちお察しします。
バレエの「くるみ割り人形」なんてぼくも大好きですよ!

“モーツァルトの旋律はすべて地上の姿かたちから解放され—“
 “死すべきものと不死のものの間を漂う“

リヒャルト・シュトラウスさんのお言葉です。
まさにいまのぼくの状況を言い当ててますね...お見事です。
このひとの曲ってよく演奏できるなー!と思ってしまいますけど、
それだけ演奏の技術や楽器が進歩したってことですよね。
でもそれに見合う見事な音楽をよくぞお書きになったと尊敬します。
オーボエ、ホルンの協奏曲なんてぼくも大好きですよ!

“モーツァルトは我々にとって力強い灯台のようなものであり—“
 “その光と熱から後継者たちの共通性が展開されるのです“

イーゴリ・ストラヴィンスキーさんのお言葉です。
この方の曲は最初ビックリしましたけど、
もう音楽どうこう超えておもしろいです。
曲はとても複雑に聴こえますけど、
思わず体が動きだしそうになるし、
いつのまにか旋律を口ずさんだりしてますよ!
時々これ同じひとの曲か?って思う曲がありますけど...
しかし、こういう複雑な方にもお褒めの言葉をいただき光栄です。
「ペトルーシュカ」なんてぼくも大好きですよ!

あ、そろそろお時間かな...?

第204回 12月28日(木)放送

2006年 12月 28日 | | トラックバック (1)

2006年12月27日 (水)

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』特別編(7)モーツァルトのピアノ

8月3日

ザルツブルクのマカルト広場に面したモーツァルトの家にて、実際にモーツァルトが所有していたピアノを特別に弾かせてもらいました。

ロケにギターを本当は持ってきたかったと言っていた山本さん。
楽器とみるとすかさず演奏しないではいられない様子でした。


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【アマデウス・ブログ番外編】天国のモーツァルトより(3)

こんにちは天国のモーツァルトです。
ぼくが死んじゃってからいろいろな著名人・文化人の方々がコメントを下さいました。
正直生きてるときにもっと褒めといてよ、って気もしますけど、
物事にはタイミングがありますからね、仕方ないです。
さてコメントをご紹介しましょう。

“モーツァルトのような現象はどうにも説明のつかない奇跡だ“
 “悪魔は人類をからかうためにときどき魅惑的な人物を生んでみせるのだ“
  “その悪魔が音楽の分野に生んだのがモーツァルトだった“

なんか喜んでいいのかどうか、微妙な感じがしますが...
これはぼくも大変尊敬していて、
詩に曲までつけさせていただいた文豪ゲーテのお言葉です。
あのゲーテがこう言うんですからきっと相当な褒め言葉なんでしょう!
ありがとうございます!

“天才の魂がこれほど裸で現れたことはなかった“
ええと、好き勝手やってたところが多々ありますから...。
フランスの文豪、スタンダールさんのお言葉です。
この方はまだ無名のときにぼくの伝記をわざわざ自費で出版してくれました。
こういう商売って若くて売れないときに何やっとくかって相当大事ですからね!
若き日の貴重な時間を使ってぼくの伝記を出してくれて、どうなのよって気もしますが...
 “私が生涯に本気で愛したのは チマローザ モーツァルト シェイクスピアだけである“
ここまで言って下さるのでしたら一度ご挨拶させていただきたかったですね...
長生きできなくて残念です...

神学の間

“不滅のモーツァルトよ!
        私の身に起こった一切のことは
               君のおかげなのだ“
“私が分別をなくしたのも
        私の魂が呆然としているのも—“
“私が生の歩みにおいて
        心を揺さぶられたのも
               みんな君のおかげなのだ“

...思わずすみませんって言ってしまいそうです...
こちらは実存主義で有名な、
デンマークの哲学者ゼーレン・キルケゴールさんからいただいたお言葉です。
でもきっとぼくのせいじゃないんじゃないかって気がするんだけどなあ...

“天使たちは神を賛美するときバッハを演奏するかもしれないが—“
 “彼ら自身のためにはモーツァルトを奏で 神も喜んでお聴きになるのは確かだと思う“

えっ神様のときは?天使が自分のためのときは?神も??
結局バッハとぼくと、どっちがどうなんだろうって一瞬考えてしまいますが、
まあ相手があの大バッハでしたら深く考えないことにしましょう!
こちらは20世紀を代表するキリスト教神学者カール・バルトさんのお言葉です。

こうしてぼくが死んでからも長い間、
皆さんにお褒めのお言葉をいただけるのは、
ほんとうにありがたいことだと思います。

第203回 12月27日(水)放送

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2006年12月26日 (火)

【アマデウス・ブログ番外編】天国のモーツァルトより(2)

こんにちは天国のモーツァルトです。
ぼくの最愛の妻コンスタンツェは、
晩年をザルツブルクで過ごしました。
そこはぼくの生まれ故郷でもある訳ですが、
ぼくの死後ザルツブルクがどうなったかっていうと、
これがまたぼくの人生並みに波瀾万丈なんですよ。
まず19世紀になってすぐフランスからナポレオンが攻め込んできて、
征服されてしまいます。
ナポレオンは大司教の宮廷支配をやめさせたので、
当時ザルツブルクにいたコロレド大司教はウィーンに逃亡するんです。
まあコロレド大司教とぼくは折り合い悪くていろいろありましたけど、
そんなことになるなんて、なんかちょっと同情しちゃいましたよ。
この時期ナポレオンがヨーロッパ中かき回したもんですから、
ぼくが旅して回った街はどこも戦争戦争で大変な騒ぎになっていました。
ザルツブルクもただの田舎町だったのがいっそう寂れて、
もうすっかり活気をなくしてしまいました。
自分の故郷がそこまで寂しい街になってしまうというのは辛いものです。
そうしたらぼくのことを思い出して奮起したひとがいて、
地元の新聞にぼくを奉りあげて街を盛り上げよう!って投書をしたんです。

モーツァルト広場(ザルツブルク)

それがきっかけでザルツブルクにぼくの像が建ち、
ぼくの名前のついた広場ができました。
1842年にコンスタンツェが亡くなってからすぐのことです。
こういうことで故郷のお役に立てるならぼくも本望ですよ。
父と最愛の妻が眠る街がぼろぼろじゃあ困っちゃいますから。
このときぼくの像の除幕式の式典で、
四男フランツ・クサーヴァーがぼくのピアノ協奏曲を、
もう72歳になった次男カール・トーマスがぼくのピアノ曲を演奏しました。
ぼくが生きてりゃ自分で弾くんですけどね!
これがきっかけだったと思いますが、
この後ザルツブルクは音楽の街として、
世界中からお客さんが来て賑わうようになりました。
ぼくがいた頃はなんもないつまんないところだったんだけどなあ。

第202回 12月26日(火)放送

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2006年12月25日 (月)

【アマデウス・ブログ番外編】天国のモーツァルトより(1)

こんにちは天国のモーツァルトです。
なんでブログ書いてんだよ!って??
まあいいじゃないですか。
まだ今年はちょっと残ってますし、
もうちょっとこっちにいさせて下さいね...。

ぼくが亡くなってから、
早速プラハの人たちが大規模な追悼ミサをしてくれました。
さすがにプラハの人たち、ありがたいことです...
気の毒に未亡人となってしまった最愛の妻コンスタンツェは、
ぼくの生前に出版されなかった楽譜を売って、
借金を完済してくれました。
それだけじゃなくって各地で演奏会を開いて、
ぼくの作品の普及に尽力したり、
未完の作品の補筆完成にも力を注いでくれました。
そういう才能があるならもっと早く発揮してくれればよかったのに、
ってちょっと思いますけど、
きっと彼女も取り残されてしまって必死だったのでしょう...。
そんな彼女も、めでたく再婚を果たします。
再婚相手はゲオルグ・ニコラウス・フォン・ニッセンというデンマークの外交官で、
ぼくの熱烈なファンの方でした。

ゲオルグ・ニコラウス・フォン・ニッセン

ニッセンはコンスタンツェの話をもとにぼくの伝記をまとめてくれたので、
それがぼくの手紙を紹介した最初の重要な文献となりました。
都合の悪いところは要領よく削除してくれましたしね!
彼がこの作業をしてくれてラッキーでしたよ。
コンスタンツェはきっと幸せな人生を送ったのでしょう。
ぼくと違って80歳まで長生きして、
最後はぼくの父レオポルト、夫ニッセンと同じ墓に埋葬されました。
これはちょっと羨ましいかな。
なんたってぼくは聖マルクス墓地のどこに誰と埋められたのか、
わかんないんですからね!
ぼくには2人の息子がいましたが、
音楽をやったのは四男のフランツ・クサーヴァーの方で、
次男のカール・トーマスは手堅くミラノの役人になりました。
四男フランツ・クサーヴァーは、
アマデウス2世を名乗って演奏旅行をしたり、
作曲をしたり、まあそれなりに活躍しましたよ。
でも、この2人とも、結婚しなかったんで、ぼくの家系は途絶えてしまいました。
なんで結婚しなかったんだろう?できなかったのかな??

第201回 12月25日(月)放送

2006年 12月 25日 | | トラックバック (0)

2006年12月24日 (日)

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』特別編(6)ザルツブルク大聖堂前にて

8月1日

ザルツブルク大聖堂前の広場には、オーストリア名物の馬車が何台も観光客お目当てに待機しています。匂いもなかなか強烈です。

この日は夕方6時半から大聖堂で「レクイエム」の演奏と収録がありました。その前のつかの間の自由時間に、山本さんは馬をなでなで。

猫を飼うなど普段から動物好きな山本さん。ひときわ優しい表情をみせてくれました。


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2006年 12月 24日 撮影日誌 | | トラックバック (0)

2006年12月23日 (土)

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』特別編(5)ザルツブルクに向かう車にて

8月1日

7月31日にウイーンから5時間かけてバスでザルツブルクに入りましたが、山本さんが、「毎日モーツァルト」でおなじみのザルツブルクの風景に触れたのは翌日のことでした。
ザルツブルクのホテルは車で15分ほど郊外にあるアニフという小さな町にあったのです。

このインタビューは山本さんが初めてザルツブルクの街を目にしたときのものです。


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2006年 12月 23日 撮影日誌 | | トラックバック (0)

2006年12月22日 (金)

皆さまへ

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、
1791年12月5日午前0時55分、ウィーンの自宅で、
急性粟粒疹熱のために死去いたしました。
翌6日に葬儀をシュテファン大聖堂にてごく近親者のみで行い、
亡骸は聖マルクス墓地に埋葬いたしました。

取り急ぎのお知らせですが、
生前、最愛の夫をご支援くださいました皆さまに、
心より御礼申し上げます。
よろしければ亡き夫にひとことお言葉をいただければ幸いです。

ありがとうございました。

コンスタンツェ・モーツァルト

1791年12月 第200回 12月22日(金)放送

2006年 12月 22日 | | コメント (34) | トラックバック (6)

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』特別編(4)ウイーンのカフェめぐり

7月28日

シェーンブルン宮でのロケを終えて、ウイーンの街の中心部のカフェ・モーツァルトで、ランチ。そしてホテル・ザッハーで本場のザッハートルテを食べました。

ザッハートルテはウイーンを代表する銘菓。
チョコレートのスポンジケーキにアンズのジャムがあしらわれた上品な甘味。
甘いものが苦手な山本さんもおもわず舌鼓。


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2006年12月21日 (木)

代理でお知らせします

こんにちわ、私はジュスマイヤーといって、
モーツァルト先生の助手を務めているものです。
先生の体調は高熱が続き、一向に回復の兆しがなく、
日が経つにつれ重くなっていっているようです。
奥さまの妹さんのゾフィーが看病に当たっているのですが、
彼女も大変心配しています。
先生ご自身もとても弱気になっていて、
お見舞いの方がいらっしゃると、
現在取りかかっているレクイエムの完成した部分を歌ったりしていますが、
最後の仕上げの話を私にされたりしています。
私たちはもう祈るしかないのかもしれません...
先生に代わりまして私から皆さんにお伝えいたしました。
どうか皆さんも私たちとともに、
先生の回復をお祈りくださいますよう...

1791年11月 第199回 12月21日(木)放送

2006年 12月 21日 | | トラックバック (0)

2006年12月20日 (水)

ちょっとお休み

こんにちはモーツァルトです。
すいませんこの前、体調が悪いのにちょっと無理して、
仲間のために作った曲の初演で指揮をしたら、
すごく悪くなってしまいました...
しばらくお休みするかもしれません。
ごめんなさい、ちょっと待ってて下さいね。

1791年11月 第198回 12月20日(水)放送

2006年 12月 20日 | | トラックバック (0)

2006年12月19日 (火)

空が晴れれば気も晴れる

こんにちはモーツァルトです。
バーデンから戻ってさっそく次の仕事に取りかかりました。
この夏、プラハに行く前に、匿名の貴族の方の使いが来られて、
レクイエムの作曲をお願いしたいって頼まれたんです。
ぼくももともとは教会音楽をいっぱい書いてましたし、
シュテファン大聖堂の副楽長に就任したばっかりでしたからね。
もちろんお引き受けしたって訳です。
前払いでギャラもよかったですしね!
最近は収入がちょっと厳しいので、
ついつい生活のことも考えてしまいますけど、
前みたいに貴族たちの評判をとったり、
宮廷の評価を気にしたり、
そんなことが少なくなった分、
曲作りがずっと自由にできるようになった気がしているんです。
ですから今回のレクイエムもがんばって書きますよ!

カイザーハウス(ウィーン)

...なんですが最近ウィーンは天気が悪くて、
ずっと雨だしすごく寒いんです。
このところ風邪気味なのが続いてるんで正直こたえます。
せめて、すかっと晴れてくれれば気分も晴れるのに...

1791年11月 第197回 12月19日(火)放送

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2006年12月18日 (月)

クラリネットは思い出のように

こんにちはモーツァルトです。
「皇帝ティートの慈悲」の仕事が急に入ったり、
「魔笛」があったり、
オペラの大きな仕事が入ってしまったので、
ほかの仕事がついつい後回しになってたんですが、
ぼくの旧友でウィーンの宮廷楽団のクラリネット奏者、
シュタードラーからクラリネット協奏曲の依頼も受けていたんです。
で、「魔笛」の初演が無事終わったんで、
早速書き上げました。
シュタードラーのためには前にもクラリネット五重奏を書いているんですが、
彼と知り合わなかったらクラリネットという楽器の魅力がよくわかんなかったかも。
ちょっととぼけた音から憂いのある音まで、
多彩な音色を出せるので、
曲作りもなかなか面白いんですよ。
この曲のアダージョの旋律を書きながら、
これまであったいろいろなことをつい思い出してしまいました。
そういうわけで、今回のコンチェルトは、
クラリネットの豊かな表現力をたっぷり楽しめる曲になったと思います。

シュタードラーが仕えていたヴィルヘルミーネンベルク宮殿(ウィーン)

それじゃあ曲もできたんで、
バーデンにコンスタンツェを迎えに行って来ます。
「魔笛」の初演の前後は相当忙しかったし、
ちょっとぼくも夏頃から調子が悪いんで、
温泉にでもゆっくり浸かってきますよ!

1791年10月初旬 第196回 12月18日(月)放送

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2006年12月17日 (日)

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』特別編(3)プラハの劇場にて

7月27日

モーツァルトが「フィガロの結婚」や「ドン・ジョヴァンニ」を自ら指揮したスタボフスケー劇場にて。

ここで、モーツァルトの手紙を朗読するシーンを撮影しました。
この映像は朗読の練習をする山本さんです。

残念ながら、ここでの朗読シーンは番組からはカットされてしまいました!


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2006年12月16日 (土)

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』特別編(2)プラハにてインタビュー

7月26日

観光客でにぎわうカレル橋でのロケの合間にインタビュー。
この時も酷暑でしたが、いつも涼しげな山本さんです。


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2006年12月15日 (金)

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』特別編(1)プラハのレストランにて

7月26日

朝、クレメンティヌムという古い文化施設内にある図書館でロケをしたあと、プラハのシンボル”火薬塔”のそばでお昼を食べました。市民会館内のフランツォーカー・レスタウラツェというレストランで、内部は華やかなアールヌーヴォー様式です。

どのチェコ料理にも好奇心旺盛にチャレンジする山本さんでした。


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あの子もこの子も幸せいっぱい

こんにちはモーツァルトです。
「魔笛」はひと月あまりで20回以上も上演されました。
もう空前の大ヒット作と言っていいでしょう!
ついに宮廷楽長のサリエリまで観に来ましたよ。
こんな大衆劇場でやってる旅芸人一座の出し物なのに...
『これこそオペラだ。
最大の祝祭で、最高の王侯君主を前に上演されて恥ずかしくないものだ。』
って言って、最高に愛想がよかったです。
まあ彼は何だかんだ言って音楽が分かってる男ですからね。
分かってくれればそれでいいんですよ。

シェーンブルン宮殿人形劇場(ウィーン)

ところでいよいよあらすじ紹介も大詰めです。
ここまでご紹介してまだ観てないっていうあなたのために、
最後まできっちり...かなりはしょってお知らせしますよ!
王子タミーノとともに賢者ザラストロの試練を受けていた鳥刺しパパゲーノですが、
いきなり最初の「沈黙の試練」をクリアできなくて勝手気ままにひとりで歌います。
彼の望みは「恋人か女房が欲しい」。
すると老婆パパゲーナが現れて一緒になると誓わないと地獄に落ちると脅かすので、
仕方なく約束するとなんと老婆は若い娘に変身します。
パパゲーノは大喜びですが、僧侶がおまえにはまだ早いと言って、
パパゲーナを連れ去ってしまうので思いっきり凹みます。
一方タミーノは、いろいろな困難に直面しつつも、
パミーナとともに「火と水」の試練をめでたく通過します。
ところがパパゲーノの方はパパゲーナを失った絶望で首を吊ろうとしますが、
魔法の鈴を振るとなんとパパゲーナが戻ってきます。
そこで大喜びのふたりが歌うのがこれ!

“なんと嬉しいことだろう”“なんと嬉しいことでしょう”
“神様がおいらたちを祝福して”“神様が私たちを祝福して”
“かわいい小さな赤ちゃんを”“たくさん授けてくれたなら”
“かわいい小さな赤ちゃんを”
“はじめは小さなパパゲーノ”“次は小さなパパゲーナ”
“それからもう一度パパゲーノ”“それからもう一度パパゲーナ”
“数え切れないパパゲーノ”“数え切れないパパゲーナ”
“あの子もこの子も幸せいっぱい”

わはは、楽しそうでしょう!
そんなこんなで、王子タミーノたちはとうとう試練を乗り越え、
賢者ザラストロと僧侶らはタミーノたちを賛え、
闇を支配する夜の女王は去り、
「魔笛」は光に包まれて幕を閉じます。
あー、自分で書いてても面白かった!
みなさんもぜひ劇場に足を運んで観て下さいね!

1791年10月 第195回 12月15日(金)放送

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2006年12月14日 (木)

男はみんなそうしたもの

こんにちはモーツァルトです。
初演のときはいまいちな反応だった「魔笛」ですが、
上演を重ねるにつれ大評判になってきました!
いや、我ながら面白いですからね、これ。

「魔笛」舞台画

ところで第2幕のあらすじです。
1幕の終わりで、悪者だと言われていたザラストロが、
実は悪人ではなく徳の高い賢者だったということが分かります。
夜の女王の方が実は闇の世界を支配する悪者だったんですよ!
で、ザラストロはタミーノとパパゲーノに、
真の愛を得るため「沈黙」「断食」「火と水」の3つの試練を課します。
パミーナ大好きで男気あふれるタミーノは試練に挑むといいますが、
パパゲーノは面倒くさがってやりたがりません。
なんですが試練を乗り越えたらいい娘を紹介する、
と言われてやる気になってしまいます。
まあそういうやつだってことですね。
そういうことはぼくにも心当たりがありますよ。
一方、ザラストロがタミーノを懐柔したと知った夜の女王は、
本性むき出しで復讐の鬼と化してしまいます。
娘パミーナのもとに現れザラストロを殺すように命じますが、
パミーナは母の命令を拒んだため夜の女王は激怒して歌い狂います。
夜の女王のアリアはかなりな超絶技巧なんでむちゃくちゃ盛り上がりますよ!
自分で書いててやっぱこれ面白いって改めて思いました。
それじゃ続きはまた!

1791年10月 第194回 12月14日(木)放送

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2006年12月13日 (水)

大どんでん

こんにちはモーツァルトです。
おかげさまでぼくの新作オペラ「魔笛」は何度か上演して、
だんだん評判も上がってきました。
最初話がムチャクチャに見えるらしいんですけど、
観てると面白いし、話が面白い分、ぼくも曲が書きやすかったですからね。
とても魅力的な内容になったと思いますよ!

フォルクスオーパー(ウィーン)

で、今回もあらすじの続きを紹介しましょう。
夜の女王の娘パミーナは悪者ザラストロに誘拐され囚われてしまっています。
救出を託された王子タミーノは、
パミーナの肖像画を見せられて一目で恋に落ちちゃうんですよ!
全くしょうがないですね男ってやつは!
でもそうじゃなきゃお話が盛り上がりません。
やっぱりオペラは「愛」がなきゃね!
そこでもちろんタミーノは歌いますよ、愛のアリアを!
もうオペラってこのためにあるんだろ、って瞬間です。
タミーノは鳥刺し男パパゲーノを連れてザラストロの神殿へ向かいます。
パパゲーノも夜の女王から魔法の鈴を渡されていたんですが、
正直頼りになるんかい?って感じですよね。
でもこれが、ザラストロの神殿で大活躍するんです。
どんな活躍か、これはとっても面白いんでぜひオペラを観て下さい!
パパゲーノの活躍もあって、タミーノはパミーナと出会うことができます。
ここで1幕が終わるんですが、大どんでん返しが起きるんですよ!
そこがムチャクチャだって言うひともいますが、
ムチャクチャって面白くないですか?
それじゃ続きはまた!

1791年10月 第193回 12月13日(水)放送

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2006年12月12日 (火)

パパゲーノはキャラ立ちしてます

こんにちはモーツァルトです。
今日やっと「魔笛」の初演が終わりました。
正直ぼくが思っていたよりは反響が弱かったですけど、
これから徐々に盛り上がっていくでしょう!
何たってかなり奇想天外なお話ですからね。
こんなオペラ、いままで誰も観たことがなかったんじゃないかな??

パパゲーノ肖像画

それでは肝心のお話をちょっと紹介しましょう。
舞台はいつの時代か分からないエジプト。
王子タミーノがいきなりでっかい蛇に襲われてピンチなところを、
3人の侍女が現れて救出します。
この3人は、闇の世界を支配する「夜の女王」に仕えていました。
侍女たちは王子を夜の女王に引き合わせようとしますが、
なんたって王子タミーノは大変美しかったもんですから、
3人の侍女の間で王子の取り合いになって、
お決まりのひと悶着があるんですが、
気を失ってしまっていたタミーノを森に置いて夜の女王に報告に向かいます。
タミーノの目が覚めると、鳥刺し男のパパゲーノが現れます。
鳥刺しっていうのは、鳥を捕まえて女王に献上して暮らしているんですよ。
このパパゲーノっていうのが、誘惑に弱いお調子者で、
おまけに鳥も好きだっていうところがちょっとぼくに似てるんですよね。
この役はシカネーダーが演じることになっていたので、
パパゲーノの歌を書くのはとても楽しかったです。
シカネーダーが歌う時、ぼくがちょっといたずらで音を出したら、
彼が舞台からぼくに「うるさい!」って言ったりして、客席がウケてましたよ!
まあ彼の公演はそんな感じでとても和やかないい感じです。
そうこうしていると夜の女王の登場です。
夜の女王はコンスタンツェの姉ヨゼーファが歌いました。
この夜の女王の歌は聴き映えがするようにかなり難しく書いちゃったんですけど、
ヨゼーファは見事でしたよ!
で、夜の女王は悪者に娘を誘拐されてしまっていて、とっても困っていたのですが、
娘の救出をタミーノに託して、不思議な力を持つ魔法の笛を渡します。
居合わせた成り行きでパパゲーノはタミーノに同行することになるんですが、
どうです、このお話むちゃくちゃ面白そうでしょう?
来週も公演は続きますんで、ぜひ観に来て下さいね!

1791年9月30日 第192回 12月12日(火)放送

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2006年12月11日 (月)

魔法の世界のお話です

こんにちはモーツァルトです。
プラハからばたばたとウィーンに戻って、
休む間もなくシカネーダーのオペラの仕上げに取りかかりました。
9月末には初演したいっていうんでもう大忙しですよ。
今年の春から作曲を始めて、
7月には1幕のオーケストレーションは終わっていたんですが、
「皇帝ティートの慈悲」の作業が入ったので、
結果的には押しに押してしまいました....
まあオペラの作曲はいつもこんな感じなんですけどね。

アン・デア・ウィーン劇場(当時はヴィーデン劇場)

というわけでやっとできましたよ、
ぼくの最新作オペラ「魔笛」が!
これはついこの前作った「皇帝ティートの慈悲」とはぜんぜん違って、
シカネーダーの一座はあくまでフツウの市民がお客さんですから、
とにかく楽しませなきゃいけないっていうんで、
もうおもちゃ箱をひっくり返したようなお話です。
なんたって物語の舞台が魔法の世界ですからね!
ぼくも書いてて最高に楽しかったです。
今日やっとできあがって初演は30日ですが、
もちろんぼくが指揮しますよ!
これからしばらくは「魔笛」の上演で大忙しになりそうです!

1791年9月28日 第191回 12月11日(月)放送

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2006年12月 8日 (金)

ぼくにもお慈悲を

こんにちはモーツァルトです。
というわけでなつかしのプラハにまたやってきました。
ここではただでさえぼくは歓迎されるんですが、
戴冠式ムードでさらに盛り上がっていていい感じです。
最近ちょっと気分がよろしくないときが多いのですが、
ちょっと元気になってきました。
コンスタンツェも一緒ですしね。
今回もドゥーシェク夫妻の別荘、
ベルトラムカ荘に泊めていただいているんですが、
来ていきなりオペラの残りの作曲です。
遊びに行きたいのはやまやまなんですが...
でも、ここはやっぱりぼくのヒット作を披露しないとね!
とても忙しかったんですけど、
スタボフスケー劇場で「ドン・ジョヴァンニ」を指揮しましたよ。
客席はもちろん大喝采で、ぼくも大満足です!
ところで戴冠式の新作オペラ「皇帝ティートの慈悲」なんですが、
内容が真面目だっていうのと、台本の出来がイマイチで、
正直ノリノリで作曲、というわけにはいかないんですよね...
ですがそこはぼくらしいアリアをいっぱい散りばめましたんで、
きっと楽しんでもらえると思います!

スタボフスケー劇場(旧国立劇場、現在のエステート劇場)

ですが残念ながら初演の評判はもうひとつでした。
そもそも今回は目的がちゃんとありましたからね。
まあ、「フィガロ」や「ドン・ジョヴァンニ」のような、
愛あり笑いあり涙あり下ネタあり、ってわけにはいきません。
ちくしょう!頑張ったぼくにもお慈悲を、
って感じでしたがまあよしとしましょう!
とっととウィーンに帰ってシカネーダーのオペラやりますよ。
...そういえばこのまえ、匿名の方から新しい作曲依頼が来たんです。
オペラじゃなくてレクイエムなんでなんか縁起悪いですけど、
前払いで結構ギャラもらっちゃったんですよ。
あの仕事もちょっと気になるなあ...頑張らなきゃ。

1791年9月 第190回 12月8日(金)放送

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2006年12月 7日 (木)

幸せついでに運もやってきました

こんにちはモーツァルトです。
大変なことになりました。
神聖ローマ帝国の皇帝はレオポルト2世という方なんですが、
ボヘミア王にも即位することになったそうです。
その戴冠式がプラハで行われるんですが、
そこでオペラをやりたいから作ってくれって依頼が来たんですよ!
こりゃでかい仕事です!もちろんやりますよ!
なんたって皇帝レオポルト2世にアピールする最大のチャンスですから!
なんですけど、問題は時間です。
戴冠式は9月はじめ。いまは7月半ば。
1ヶ月半しかありません。おいおい、これで大丈夫なんでしょうか!?
ちょっと最近体調崩し気味だし、さすがのぼくでもちょっと心配な...。

スタボフスケー劇場(旧国立劇場、現在のエステート劇場)

というわけで頑張ったら何とか間に合いそうです!
やっぱ自分、すごいかもしれません!
助手のジェスマイヤーに結構手伝ってもらっちゃったんですけどね。
オペラの内容は、まあこういうセレモニーですから、
ダ・ポンテとやってるようなわけにはいきません。
慈悲深い皇帝ティートは身内や部下の様々な陰謀や裏切りに遭いながらも、
最後には大きな心で許してあげる、というようなお話です。
正直ちょっとどうかと。まあでもはもちろんいいですよ!
それじゃ、これからプラハに行ってきますんで!また!

1791年7,8月 第189回 12月7日(木)放送

2006年 12月 7日 | | トラックバック (1)

2006年12月 5日 (火)

幸せって何だっけ

こんにちはモーツァルトです。
最近、ぼくらしくもないですが、
ひどく疲れを感じるときがあって、
そういうときは何とも言えない空しい思いにとらわれます。
特にコンスタンツェと離れてひとりでいたりするとなおさらです。
いっくらぼくだっていつでも元気いっぱいってわけにはいきませんからね。
そういうぼくのことを思ってくれてか、
シカネーダーが自宅の敷地の小屋を作業部屋に貸してくれたりするので、
まったく孤独という訳でもなく、助かってます。

シュテファン大聖堂(ウィーン)

...そして、ついに、喜ばしいときがやってきましたよ!
ぼくたちの新しい家族が生まれたんです!
男の子で、うちでは四男になるのですが、
長男と三男は幼くして亡くなってしまいました。
男の子以外にも2人の娘がいましたが、
残念ながらいまぼくに娘はいません。
でもこんどのこの子は、すぐ死んだりしないでしょう!
名前はフランツ・クサーヴァー・ヴォルフガングとして、
シュテファン大聖堂で洗礼もしてもらいました。
とにかくいまはコンスタンツェもぼくも幸せいっぱいですよ!
...今日のぼくの文章、前半と後半でえらい違いですね...ま、いっか!

1791年6月 第188回 12月6日(水)放送
※ココログメンテナンスにより6日放送分を本日掲載、
 7日放送分を7日(木)18時に掲載します。

2006年 12月 5日 | | トラックバック (0)

アヴェ・ヴェルム・コルプス

こんにちはモーツァルトです。
ぼくの最愛、最上のいとしい妻コンスタンツェは、
療養のためまたバーデンに行ってしまったので、
ぼくはウィーンでひとりです。
...なんですが、新作オペラの作曲で結構忙しいんで、
ごはんはシカネーダーのとことか、
弟子のジェスマイヤーの家でお世話になってます。
こうしてコンスタンツェと離れて暮らしていると、
いきなり彼女のことが心配になってくるんですよね...
...なんたっていま彼女のおなかにはぼくたちの新しい家族がいるんですよ!
お風呂に入るときに転んだりしたらエラいことになりますから!
お願いだから気をつけてくれよって祈るばかりです。

バーデン

ところでそのコンスタンツェが、
バーデンでお世話になっているのが、
ぼくの友人で教会の合唱指揮者、
アントン・シュトルというひとなんですが、
この方がとてもよく妻の面倒を見て下さっているんです。
で、御聖体の祝日のミサのための曲の依頼があったので、
心をこめて曲を書いてシュトルに贈りました。

めでたし処女マリアより
生まれたまいしまことの御体よ
人のために苦しみを受け十字架の上にて
いけにえとなりたまいし御者よ
御わき腹はさし貫かれ
水と血とを流したまえり
願わくは臨終の戦いにあたりて
あらかじめわれらに
天国の幸いを味わしめたまえ

...コンスタンツェが無事でありますように、
そしてぼくたちが幸せでありますように...

1791年6月 第187回 12月5日(火)放送

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2006年12月 4日 (月)

こっちはおすすめ

こんにちはモーツァルトです。
この前は自動オルガンのことを書きましたけど、
今日もまたちょっと変わった楽器をご紹介します。
グラスハーモニカっていって、
もともとは水を入れたグラスの縁を、
濡らした指でこすると音が出るんで、
グラスの中の水加減で音階を作って楽器にしたてたものなんです。
微妙に水の量を変えてグラスを並べるのはメンドくさいんですけど、
最近ではグラスを重ねてまわすだけで同じような音を出せる楽器ができて、
結構流行ってるんです。
これ、単純な仕掛けなんですけど、
何とも言えない澄んだ響きがするんですね。
自動オルガンはちょっと...な感じですが、
こっちはなかなかシャレてます。

グラスハーモニカ

で、この楽器の名手にこの前会ったんですよ。
マリアンネ・キルヒゲスナーっていう女性なんですが、
彼女はお気の毒に目が全く見えないんです。
ところがグラスハーモニカで素晴らしい演奏をするんですよ。
ぼくはすっかり感動してしまって、彼女に曲を捧げました。
自動オルガンと違って(しつこい!?)こっちはおすすめですよ!

1791年6月 第186回 12月4日(月)放送

2006年 12月 4日 | | トラックバック (0)

2006年12月 1日 (金)

楽器としてどうかと

こんにちはモーツァルトです。
自動オルガンって知ってますか?
その名の通り、自分で勝手に演奏しちゃうオルガンなんですよ。
時計に組み込まれたり、人形に付いてたりするのもあります。
まあ、要はおもちゃみたいなもんで、
音もなんか甲高くてヘンなんですよ。
本来、ぼくとはあまり縁のないはずのものなんですよね。
ところがこれが好きなひとがいて、
わざわざ自分の家に置いちゃうようなことをしてるんですね。

自動オルガン

音楽愛好家のシュトリテッツ伯爵っていう方がそうなんですけど、
で、その機械のために曲を書いてってご依頼が来たんですよ。
もう喜んで!って言って受けたはいいですけど、
これがなかなか筆が進まないんですよねえ...
実はぼくの亡き父は、これのための曲を結構書いてるんですけど、
ぼくには正直えらく退屈で、なんだか自分がみじめに思えてきました。
なんたってあの楽器離れした音ですから。
まあでも今年は仕事やりますんで。
コンスタンツェにも不自由なく暮らして欲しいですし。
なんとか仕上げましたよ。
でもどうなんでしょうねえ、あの機械...

1791年5月 第185回 12月1日(金)放送

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