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山本耕史

山本耕史 1976年10月31日生まれ B型
2005年、エランドール新人賞、ギャラクシー賞月間賞(04.05月度)・同年間奨励賞、2004年ザ・テレビジョン・ドラマアカデミー助演男優賞 ほか
(撮影 林義勝)

山本耕史公式サイト



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2006年11月30日 (木)

パパ・ハイドンの思い出

こんにちはモーツァルトです。
パパ・ハイドンがロンドンに行ってしまって、
もうそろそろ半年になろうとしています。
噂ではたいへんお元気にしておられるとか。
ぼくも妻と自分の健康に問題なければ行ってしまいたいところです。
ところでなんでパパ・ハイドンのことを思い出したかって言うと、
ヴァイオリン奏者のトストから弦楽五重奏のご依頼をもらったからなんです。
トストと言えば、パパ・ハイドンゆかりのエステルハージ家に仕えていた、
ヴァイオリン奏者で、パパとも親交の深かった音楽家です。

エステルハージ宮(アイゼンシュタット)

というわけで彼のために書きましたよ、弦五を。
ぼくの得意ジャンルですから、ヴィオラ追加の弦五は。
曲にはパパの弦楽四重奏をちょこっと織り交ぜてみました。
トストもきっと気がついてくれると思います。
...パパ・ハイドンと一緒にいろいろな曲を演奏したことが、
もう遠い昔のことのような気がしてきました...

1791年4月 第184回 11月30日(木)放送

2006年 11月 30日 | | トラックバック (0)

2006年11月29日 (水)

喜び半分

こんにちはモーツァルトです。
ウィーンにはシュテファン大聖堂っていう立派な教会があって、
ぼくも冠婚葬祭ではたいへんお世話になっています。
教会には教会音楽を演奏する楽団があるのですが、
そこの楽長のホフマンさんが病で倒れてしまったんです。
ホフマンさんにはたいへんお気の毒で、
お大事にとしか言いようがないのですが、
ぼくにとってはチャーンス!です!
シュテファン大聖堂はウィーン市が管理しているので、
ぼくはさっそく市当局に申請書を出しました。
こういうときはぼくもちゃんとした文書を書きますよ!

ウィーン市庁舎

尊敬してやまないウィーン市参事会の皆様!
私の音楽的才能は、
市参事会の御好意に値するものと考えます。
ご配慮を得られたらと思っております!
...まあこういうのは、もうしょっちゅうやってるんですけどね。
最近はあまりうまく行ったためしがないので、
あきらめ半分むちゃくちゃ期待して待っていたら、
なんと副楽長に任命されましたよ!
ラッキーです!...給料は出ないんですけどね...
正直どうなんでしょう、って心境です...

1791年5月 第183回 11月29日(水)放送

2006年 11月 29日 | | トラックバック (0)

2006年11月28日 (火)

シカネーダーとコラボ

こんにちはモーツァルトです。
ぼくがまだザルツブルクにいた24歳のとき、
結構人気のある旅芸人の一座が公演に来たんです。
で、その時に、劇団の座長のシカネーダーと仲良くなったんですが、
彼は興行を仕切るだけじゃなくて、
自ら台本を書いて芝居もやるんですよ。
なかなかおもしろい人物で、才能もあると思います。
その彼が、ちょっと前から、
故郷のレーゲンスブルクの劇場の監督をまかされてたんですけど、
とにかく派手な演出をする男なもんですから、
そういうのが反感買ったり、おまけに女の子も大好きなやつなんで(笑)、
貴族に嫌われちゃって、ウィーンに移り住んできたんです。
ダ・ポンテといい、シカネーダーといい、そんなやつばっかりですよ!
まあぼくもひとのことは言えませんけどね。
で、ウィーンで芝居を旗揚げしたんですけど、
そのこけら落としの道化芝居「ばかな庭師」っていうのが大ヒットしたんです。

アン・デア・ウィーン劇場(前身はシカネーダー一座が構えたヴィーデン劇場)

まあやつは面白い芝居を作る才能はムチャクチャありますからね。
ウィーン向きかもしれません。
彼の芝居では歌もあったりするんですが、
その芝居の歌のテーマでぼくも変奏曲を作ってみました。
そしたらシカネーダーから、オペラ書いてよって頼まれたんです。
う〜ん彼と一緒ならこれまでにない面白いオペラができるかもしれません!
やるしかねーだろ!って感じです!!
...ウィーンの3月はまだまだ厳しい寒さが続きます...

1791年3月 第182回 11月28日(火)放送

2006年 11月 28日 | | トラックバック (0)

2006年11月27日 (月)

カナリアは好き

こんにちはモーツァルトです。
ぼくは結構自由に音楽活動をしていますけど、
実はちゃんとした宮廷作曲家なんですよ。
仕事が少ないんですけどね。
で、その大事な本業が、
年末年始の宮廷舞踏会用の舞曲の作曲なんです。
というわけで、今年の舞踏会用の曲をバッチリ作りました。
ぼくはあんまり動物とか興味ないですけど、
なんでか小鳥は好きで、
ザルツブルクからもうずっとカナリアを飼ってるんですよね。
死んじゃうとまたしつこく買ってきて飼うくらい好きなんですよ。
時々、鳥のさえずりが曲に聴こえてくることがあるんです。
で、このドイツ舞曲の第5番「カナリア」では、
フルートとかピッコロに鳥の声を歌わせてみました。
ちょっとコンチェルトみたいに聴こえていい感じですよ!

王宮(ウィーン)

それと別に、もうひとつ舞踏会用の曲も作りました。
こっちは民謡風にしましたんで、
誰でも踊れると思いますよ!
舞踏会を貴族に独占させるのはもったいないですからね!
こっちの3曲目は、ウィーンのひとたちが好きなそりすべりをイメージしてみました。
ぼくの亡き父も、そりすべりをイメージした曲を書いていて、
鈴とかラッパの使い方がかわいいんですよね。
ちょっとそんなことを思い出してしまいましたので...

1791年1月 第181回 11月27日(月)放送

2006年 11月 27日 | | トラックバック (1)

2006年11月24日 (金)

『毎日モーツァルト』のフィナーレを記念して特別番組が放送されます!

『毎日モーツァルト』のフィナーレを記念して特別番組が放送されます!

■番組名:『ありがとうアマデウス これからもモーツァルト(仮)』
■NHK BSハイビジョン
■放送日:2006年12月30日(土) 午後9時~11時


○出演者(予定)
桂小米朝(落語家)、錦織健(テノール歌手)、中嶋彰子(オペラ歌手)、島田雅彦(作家)、假屋崎省吾(華道家)、茂木健一郎(脳科学者)、パックン(タレント)、 山口もえ(タレント)、清水圭(タレント)、藤吉久美子(女優)ほか

総数240本に及ぶ『毎日モーツァルト』の膨大な映像から出題されるクイズ、240の名曲を一気に聴かせるカウントダウン型ビデオクリップ、『アイラブモーツァルト』コーナー出演者による初級者向け「鑑賞のツボ」指南合戦、そして視聴者からの"とっておき"感動秘話……肩肘張らずに楽しむうちに、自ずと知識も深まるエンターテインメント番組です!

どうぞお楽しみに!

2006年 11月 24日 お知らせ | | トラックバック (0)

あの『毎日モーツァルトスペシャル』が再編集版で総合テレビに登場!

BSで放送され大変好評を得ました『毎日モーツァルトスペシャル』が再編集されて総合テレビに登場します!

■番組名:プレミアム10 『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』
■NHK総合
■放送日: 2006年12月11日(月) 午後10:00~11:30

どうぞお楽しみに!

2006年 11月 24日 お知らせ | | トラックバック (1)

『アマデウス・ブログ』特別企画 山本耕史さんサイン本&写真プレゼント!

いつも『アマデウス・ブログ』をご訪問いただき、ありがとうございます。

日頃のご愛顧への感謝の気持ちとして、本サイトでは特別企画プレゼントをご用意しました。

『毎日モーツァルト』の番組で案内役を務める山本耕史さん。
『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』では、プラハ、ウィーン、ザルツブルクとモーツァルトゆかりの地を訪ね、その足跡を伝えてくれました。

この度は、その山本耕史さんのサイン入り『NHK毎日モーツァルト』の本とポラロイド写真を読者のみなさまにプレゼントします。

ここでしか手に入らない貴重なものです。
ぜひこの機会にふるってご応募ください。

◎応募要項

下記のリンクから専用応募フォームでお申し込みください。
厳正な抽選のうえ、賞品をプレゼントいたします。
なお、当選者は賞品の発送をもちまして発表にかえさせていただきます。

※賞品は、本ブログをNHKエンタープライズと共同で運営するニフティからの発送となります。

■賞品

『NHK毎日モーツァルト』山本耕史さん直筆サイン本  5名様
・山本耕史さん直筆サイン入りポラロイド写真        3名様

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■締切:2006年12月10日(日)午後11時59分

■お願い

『アマデウス・ブログ』では、読者のみなさまにアンケートをお願いしています。
よりよい番組作りとサイト運営のために貴重なご意見をお寄せいただければ幸いです。
また、いただいたご意見ご感想などを『毎日モーツァルト』およびその関連番組でご紹介させていただくことがございますので、ご了承の程よろしくお願い申し上げます。

・「私とモーツァルト」

あなたにとってモーツァルトとは?
モーツァルトとあなたに関するエピソードついてお聞かせください。

・「忘れられない一曲」

700曲以上の名曲を残したモーツァルト。
その中からあなただけの忘れられない一曲とその理由を教えてください。

・「『毎日モーツァルト』番組へのご感想」

2006年1月から放送が始まった『毎日モーツァルト』。
番組へのご感想などをお聞かせください。

・「『アマデウス・ブログ』サイトへのご感想」

「もしモーツァルトの時代にBlogがあったら、モーツァルトはどんなことを書いただろう?」という発想で生まれた『アマデウス・ブログ』。
みなさまのご意見、ご感想をお聞かせください。

ご応募はこちらから たくさんのご応募ありがとうございました。

2006年 11月 24日 お知らせ | | トラックバック (0)

まだちっとも疲れてなんかいないのに

こんにちはモーツァルトです。
いやはやウィーンの冬は寒くて厳しいです。
早く春がくればいいのに、って誰でも思いますよね。
というわけで春をテーマにしたコドモのための歌曲を作って、
って頼まれて3つリートを書いてみました。
春が来て、暖かくなって、日が長くなると、
コドモたちも外で遊ぶようになりますよね。
それで、なるべくならこのままずっと遊んでいたい、
って思うものです。ぼくにもそういうときがありました。
最近、ちょっと体調悪くて横になってたりすると、
思い出す詩があるんです。
3つのリートのうち、3曲目には、その詩を使いました。

プラーター公園(ウィーン)

“ああ太陽がもう沈んじゃう”
“僕たちはまだちっとも疲れてなんかいないのに“
“じゃあみんな また明日”
“明日また楽しく遊ぼうね”

それじゃあ今日はぼくも寝てしまおうと思います。
おやすみなさい、また明日!

1791年1月 第180回 11月24日(金)放送

2006年 11月 24日 | | トラックバック (0)

2006年11月23日 (木)

今年はやるぞ!

こんにちはモーツァルトです。
また新しい年がやってきました。
正直、去年は結構ツラいものがありました。
借金を相当溜め込んでしまいましたし、
新曲もあまり書けませんでした。
体調も悪くて、風邪を引きやすくなっちゃいましたし、
変な頭痛にしょっちゅう悩まされてしまいます。
何といっても一番参ったのが、予約演奏会が一回も開けなかったことです。
ちょっと前はぼくの演奏会は大盛況だったのに、
どうしてこんなことになっちゃったんでしょうか。
何でも、世間ではぼくの曲は難しくて、
オペラも音楽の通でなければ分からない、
とか言われてるらしいです。
なるべく誰にでも楽しめて、
コアな音楽好きにも訴えるように作ってるつもりなのに。
まあいいや。今年はじゃんじゃん新曲書くぞ!

モーツァルトが自らピアノ協奏曲第27番を演奏したカフェ・フラウエンフーバー(ウィーン)

というわけで新年期待の1作目は、
ぼくの得意のピアノコンチェルトです!
前はぼくの演奏会で新作のコンチェルトやるって言ったら、
大人気で予約はあっという間に埋まったものですからね。
今年はやりますよ!

1791年1月 第179回 11月23日(木)放送

2006年 11月 23日 | | トラックバック (0)

2006年11月22日 (水)

パパ・ハイドンが心配です

こんにちはモーツァルトです。
やっとウィーンに帰ってきました。
毎度のことですが、旅から戻ると色々なことが起きてます。
で、今回もまた待ってました、困ったことが。
ぼくの師でありウィーンでの父親みたいな存在の、
パパ・ハイドンが、2年もロンドンに行くって言うんですよ。
もう60近いじいさんですよ、パパは。
最近はほとんどウィーンから出たことないような、
のんびりしたひとなんです。
おまけに英語もしゃべれないんですよ!

ハイドン博物館(ウィーン)

そんなんでどうすんですか?って聞いたら、
「自分の言葉は音楽であり、この言葉は全世界の人々が理解できるから大丈夫」
って言うんですよ。そりゃ分かりますけど、
英語で話しかけられたら歌って返すんですか、ってなもんですよ。
なんでこうなったかっていうと、
パパ・ハイドンが仕えていたエステルハージ侯が亡くなってしまって、
後継のアントン侯がパパ・ハイドンをクビにしちゃったんで、
早々と年金生活者になっちゃったんです。
本人はわしゃまだまだやれるわい、って言ってるんですけど、
ぼくは心配でなりません。
パパ・ハイドンが旅立つ日、一緒に食事をしました。
そのとき、これが一生のお別れになるような気がしてならなかったんです...

1790年11月 第178回 11月22日(水)放送

2006年 11月 22日 | | トラックバック (0)

2006年11月21日 (火)

マインツ、ミュンヘン流れ旅

こんにちはモーツァルトです。
さっぱり儲からなかったフランクフルトからはとっととおさらばして、
そのあとマインツへ行きました。
ここには一週間いたんですけど、
運良く選帝侯に呼ばれて演奏会ができたんです。
ヴァイオリンソナタを披露しましたけど、
それで稼ぎはたった15カロリーンですよ。
コドモのおこづかいじゃないんですから。
というわけでマインツからもとっととおさらばして、
懐かしのミュンヘンへ行きました。
中心街に「黒鷲館」という宿があって、
そこがぼくの定宿なんです。
ミュンヘンはもう子どもの頃から何度来たか分かりません。

「黒鷲館」のあった場所(ミュンヘン)

で、ここでもミュンヘン選帝侯から演奏依頼が来たんですけど、
ナポリ王がミュンヘン訪問中なので歓迎音楽会に出演してくれっていうんですよ。
ウィーンにナポリ王が来たときにはぼくは呼ばれなかったのに、
外国のミュンヘンで呼ばれるなんて!
ウィーンの宮廷の連中がこのことを聞いたらどう思うだろうなあ...
ま、いいや。いまは少しでも早くウィーンに帰りたいです。
早く帰ってコンスタンツェに会いたいよ...

1790年10月 第177回 11月21日(火)放送

2006年 11月 21日 | | トラックバック (1)

2006年11月20日 (月)

旅の宿泊はパン工場で

こんにちはモーツァルトです。
フランクフルトで最初はフツウに旅館に泊まってたんですけど、
3日目からは製パン所に泊まってます。
だって宿泊費が節約できるし、焼きたてパン食べられますしね。
なかなかいいものですよ。旅行でパン工場に宿泊。いやほんとに。

カルベッヒャー通り10番地、製パン所があった場所(フランクフルト)

で、この辺の通りでぶらぶらして、
近くの教会でオルガン弾いたりしてたんですけど、
いろいろなひとたちから食事に招待されたんです。
まだまだぼくもここでは有名みたいですし、
リスペクトしてくれるひとはいっぱいいるんですよね。
次の日曜日にぜひ演奏会を、って言ってくれるんですけど、
でもぼくには何もかもが冷たく感じられてしまいます。
もう氷のように冷たいですよ。何もかも。
あー、せめてコンスタンツェがここにいてくれたらなあ。
みんながぼくを賞賛してくれるのを素直に喜べるのに。
早くウィーンに帰りたいけどぜんぜん稼いでないんで、
帰るに帰れないし...どうしよう。

1790年10月 第176回 11月20日(月)放送

2006年 11月 20日 | | トラックバック (2)

2006年11月17日 (金)

自腹でフランクフルト

こんにちはモーツァルトです。
今年2月に惜しくも亡くなってしまった皇帝ヨーゼフ2世の跡継ぎとして、
弟のレオポルト2世が新しい皇帝に即位しました。
チャンスです。
何がって、こういう時はセレモニーがつきものです。
セレモニーと言えば音楽です。
音楽と言えばぼくの出番でしょう!
レオポルト2世の戴冠式はフランクフルトで行われるそうです。
ここは一発、皇帝の即位を祝う演奏会を開いてアピールしなくてはなりません。
ぼくは精一杯よい仕事をしようと固く決心しています。
仕事をする、うんと仕事をするぞ。

大聖堂(フランクフルト)

...なんですがぼくは戴冠式の参加者に選ばれませんでした。
新皇帝の戴冠式を飾る演奏は、
楽長サリエリ率いる宮廷楽団員がやることになったんです。
なのでぼくは自腹でフランクフルトに参戦することにしました。
自腹っていってもちょっとお金持ちにサポートお願いしたんですけどね。
結局新皇帝の戴冠式から6日後に、
ぼくの演奏会を開きました。
こういうときにふさわしい華やかなピアノ協奏曲も用意してきたのに、
さっぱりお客さんが集まんなかったんです...
ヤバいなあ稼げると思って旅費借りちゃったのに...

1790年10月 第175回 11月17日(金)放送

2006年 11月 17日 | | トラックバック (0)

2006年11月16日 (木)

妻へ。手紙ください

こんにちはモーツァルトです。
ぼくの愛しい妻コンスタンツェは、
その後もたびたび体調の悪化を訴えるので、
またバーデンに療養に行かせることにしました。
彼女も辛いでしょうがぼくも辛いです。フトコロが。
一回彼女がバーデンにいくと、
下手したら1年くらい暮らせるんじゃないかってくらいお金がかかります。
でも彼女に向かってそんな弱音を吐く訳にはいきません。
なんとかしてお金を作らなきゃ。
でもそれがプフベルクに借金のお願いする、
っていうんじゃ困っちゃいます。
この前もホントはプロイセン国王のご依頼で書いたはずの曲を、
二束三文で売るはめになってしまいました。

バーデン(ウィーンの南25キロ)

あああ、せめてコンスタンツェからもっと手紙来ないかなぁ。
カッコ悪いけど手紙ちょうだいって催促してみますよ。
だって心配は心配ですからね、
バーデンでどんなふうに過ごしてるのか...

1790年5月 第174回 11月16日(木)放送

2006年 11月 16日 | | トラックバック (0)

2006年11月15日 (水)

ああヨーゼフ2世

こんにちはモーツァルトです。
おかげさまでぼくの新作オペラ「コシ・ファン・トゥッテ」は、
初演が大成功して上演が続いていました。
最近ロクなことがなかったんで、
ぼくにとってはホント嬉しい成功です。
こんなときくらい勝利の美酒にどっぷり浸かっていたいものですが、
人生ってのはなかなかそうはうまくできてません。
ぼくを買って下さっていた、皇帝ヨーゼフ2世が亡くなったんです。
まだ49歳という若さでした。

カプツィーナー教会(ハプスブルク家にゆかりのある人々の棺が安置されている)

12歳のぼくにはじめてオペラを書く機会が与えられたのも、
その後「フィガロ」の上演ができたのも、
そしていまこうして「コシ・ファン・トゥッテ」が成功できたのも、
全てヨーゼフ2世のおかげでした。
なんて長い間ぼくのことを見守って下さっていたことでしょう...
いまウィーンの街では喪に服すため一切のオペラの上演が中止されています。
もちろんぼくの「コシ・ファン・トゥッテ」も上演中止になりました。
でもぼくはそのことに全く不満はありません。

1790年2月20日 第173回 11月15日(水)放送

2006年 11月 15日 | | トラックバック (0)

2006年11月14日 (火)

女はみんなこうしたもの

こんにちはモーツァルトです。
さてさてぼくの新作オペラ「コシ・ファン・トゥッテ」
お話は第2幕大詰めに突入です。
最初は毅然と誘惑を拒否していた士官の婚約者姉妹ですが、
次第に誘惑に心騒ぎがしてきちゃいます。
そこで揺れる女心を切々と訴える歌がバッチリ決まるんですよ!
いやあ我ながらたまりません。
でもって結局、姉妹は変装した互いの婚約者に心を許してしまうんです。
これはショックですよ、男なら。
もちろんふたりの士官のヘコみようといったら目も当てられないくらいです。
ところが!老哲学者ドン・アルフォンソは、
女性の姿をあるがまま受け入れるように説くんですね〜。

ヴィラ・カンポリエート(ナポリ)

“女性の恋心が1日1000回変わるのも無理はない”
“恋するものは たとえ失望してもそんな女の誠を信じた自分がいけないのさ“
“だから若者も老人も美人もそうでない人も“
“私と一緒に 繰り返そう”
“女は みんな こうしたもの”
“女は みんな こうしたもの”

恋のまっただ中の若者がですよ、
じいさんにこんなこと言われたって、
そうだよねしょうがないよねー、って言えます?
そうそう、「コシ・ファン・トゥッテ」って「女はみんなこうしたもの」って意味なんですよ。
もうここまで大サービスで話しちゃいましたんで、
このオペラがどう結末を迎えるか、
それは劇場に来て観てくださいね!

1790年1月29日 第172回 11月14日(火)放送

2006年 11月 14日 | | トラックバック (0)

2006年11月13日 (月)

女性が15歳にもなれば

こんにちはモーツァルトです。
どうです、ぼくの新作オペラ「コシ・ファン・トゥッテ」
続きがどうなるか知りたくなっちゃったでしょう?
いやあマジで面白いんですよ、この話が。
変装したふたりの士官は頑張って、
互いの婚約者である姉妹を誘惑します。
姉妹はきっぱり誘惑をはねつけたもんですから、
ふたりはほっとひと息、ってなもんですよ。
そんな喜びをたっぷり歌って聴かせるアリアもバッチリ用意しました!
ところがこれからがお楽しみの第2幕。

ナポリ

姉妹の侍女デスピーナが、
くせ者の哲学者ドン・アルフォンソの味方をして罠を仕掛けます。

“女性が15歳にもなれば大人の遊び方を知らなきゃ駄目ですよ“
“どこに悪魔の尻尾がついているのか なにがよくって なにが悪いのか”
“知らなきゃ駄目ですよ恋人たちを虜にさせるちょっとした悪知恵を“
“愛想笑いに空涙口先ばかりの言い逃れ“

こんな歌でもって惑わしちゃって、
姉妹はすっかり誘惑に心揺れちゃうって話なんですよ。
やっぱり同じ女同士、しかも侍女のおばちゃんからこんなこと言われちゃったら、
ちょっとならいっかなー、なんて思っちゃいますからね!
お楽しみの続きはまた明日!

1790年1月29日 第171回 11月13日(月)放送

2006年 11月 13日 | | トラックバック (0)

2006年11月10日 (金)

コシ・ファン・トゥッテ

こんにちはモーツァルトです。
やってきました記念すべき日が。
ぼくの新作オペラ「コシ・ファン・トゥッテ」の初演です!
いやあ毎度ながらこの時ばかりはワクドキですねえ!
いままでどんなオペラかぜんぜんお話ししてませんでしたが、
今日は作曲者であるぼく自ら、どんなお話かご紹介しましょう!

ナポリの港

物語の舞台はイタリアはナポリ
ふたりの士官が、ある姉妹と婚約していました。
ある時、ふたりの士官は戦地に赴くと言って船出しました。
姉妹は突然の別れを嘆きながらも、
哲学者ドン・アルフォンソとともに恋人たちの船旅の無事を願いました。
...と こ ろ が!
ふたりの士官が戦地に赴くなんて大嘘だったんです。
このふたりは姉妹の愛の深さを試そうという賭けに出たのです。
そしてその賭けを仕組んだ張本人が、
老哲学者ドン・アルフォンソ!
そうしてこっそり戻ってきたふたりの士官は、
見知らぬ男に変装してお互いの恋人を誘惑しようとします。
どうです、面白そうでしょう!?
さすがダ・ポンテ、ただの遊び人じゃありませんよね!
この続きはまた次回、お楽しみに!

1790年1月29日 第170回 11月10日(金)放送

2006年 11月 10日 | | トラックバック (0)

2006年11月 9日 (木)

新作オペラいけそうです

こんにちはモーツァルトです。
だいぶできてきましたよ新作オペラが!
さすがダ・ポンテ、お話はかなーり面白いです!
皆さんも期待していてくださいね!
というわけでだいぶできてきましたんで、
ちょこっとお試しで親友のプフベルクと、
ハイドン先生に聴いてもらうことにしました。
ぼくの家でやるちょっとしたリハーサルなんですけどね。
プフベルクにはいろいろとお世話になっちゃってますんで、
特別ご招待って訳です。

聖母館跡(ウィーン)

これで評判よかったらまずは大丈夫だろう、
って思ってたんですが、
案の定お二人はとっても喜んでくれましたよ!
これならきっと初演も成功するでしょう!
いやあ楽しみになってきたぞ!

1789年12月 第169回 11月9日(木)放送

2006年 11月 9日 | | トラックバック (0)

2006年11月 8日 (水)

ダ・ポンテってやつは

こんにちはモーツァルトです。
最近また、台本作家のダ・ポンテと仕事してます。
...ってことは、そうなんですよ!来たんですオペラのご依頼が!
もう張り切ってやっちゃいますよ!
ところで今までダ・ポンテのことってお話ししてましたっけ?
新作オペラのお話はもうちょっととっておくとして、
今回はダ・ポンテのことをお話ししましょう。

ロレンツォ・ダ・ポンテ

彼がまた、波瀾万丈な経歴の持ち主なんですよ。
名前のまんまで生まれはイタリアの北部だそうです。
小さい時家は貧しかったそうなんですが、
まじめな子どもだったみたいで神父さんが援助してくれて、
神学校に通ったとか。
卒業後はヴェネツィアで先生になったっていうんですが、
そこでずいぶん武勇談をこしらえたんだそうですよ!
何てったって貴族のご夫人といい感じになっちゃって、
それがバレて国外追放になったっていうんですからね。
それで流れ流れてウィーンに来て台本作家になったってことらしいです。
いやあなんだか面白いやつですよねえ!
今度の台本もきっとやらかしてくれますよ!

1789年10月 第168回 11月8日(水)放送

2006年 11月 8日 | | トラックバック (1)

2006年11月 7日 (火)

ちょっとヘンなクラリネット

こんにちはモーツァルトです。
愛しいコンスタンツェは先月からバーデンで療養してます。
ぼくにできることといえば、
彼女が寂しがらないように手紙を書くことくらいです。
...いやいや、それじゃちっとも稼ぎになりません。
彼女がいい治療を受けられるようにいっぱい仕事もしなきゃ。
というわけで、ちょっと自信作ができたんです。
まあぼくの曲はどれも自信作なわけなんですが、
やっぱり最新作をお薦めしたくなるんですよね。
ぼくの友人でクラ奏者のアントン・シュタードラーっていうのがいるんです。
彼がフツウのクラリネットに飽き足らなくて、
低音域を広げたちょっと変わったクラリネットを自分で考えたんですよ。

バセットクラリネット

バセットクラリネットっていうんですけど、
これがなかなかいいんです。
それで彼とバセットクラリネットのために曲を作ってみたってわけなんですが、
またまた我ながら上出来なんですよ!
皆さんもぜひ聴いてみてください!

1789年8月 第167回 11月7日(火)放送

2006年 11月 7日 | | トラックバック (0)

2006年11月 6日 (月)

またまたのんびりしてられません

こんにちはモーツァルトです。
2ヶ月ぶりにウィーンに帰ってきました。
まずはベルリンのフリーデリケ王妃よりご依頼のあった、
ピアノソナタを一曲仕上げたんですけど、
これ、何げにベルリン旅行の喜怒哀楽がつまった曲になったかも。
ウィーンに無事戻ってちょっとのんびりしてたら、
困ったことになりました。
コンスタンツェが病気になっちゃったんです。
足から悪い感染症になってしまったらしくて、
とっても苦しいみたいなんですよ...
お医者さんも温泉とかで療養させた方がいいというので、
もうその通りバーデンに行かせました。

バーデン(ウィーンの南25キロ)

バーデンって硫黄の温泉が湧いていて、
昔から有名な保養地なんです。
病気の療養にはすごくいいってこのあたりじゃ評判なんですよね。
ただ問題は、「高級」なんですよ。安くないんです。
はああ...まあでも、しなびたところでぐずぐずしてたんじゃ、
治るもんも治りませんしね。
しかしなあ...とりあえず演奏会を開いて療養費の足しにしようと思ったんですけど、
予約してくれたのはバロックおたくのスヴィーテン男爵だけでした。
男爵ひとりだったらいつでも演奏会できますよ!
これじゃあ稼ぐに稼げません。またまた困りました。

1789年7月 第166回 11月6日(月)放送

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2006年11月 3日 (金)

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』 制作日誌(13)渋谷編

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』 制作日誌(13)渋谷編1

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』 制作日誌(13)渋谷編2

9月6日 渋谷の収録スタジオにて。(写真提供:NHKウィークリーステラ)

この日は普段のナレーション入れだけではなく、『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』の撮影も行われました。

その映像は番組でお楽しみを!

2006年 11月 3日 撮影日誌 | | トラックバック (1)

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』 制作日誌(12)ザルツブルク編4

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』 制作日誌(12)ザルツブルク編4

8月2日 ザルツブルクの大聖堂裏手にあるビア・レストラン『シュティーゲル』にて。

山本さんが挑んでいるのは当地の伝統的なお菓子『ザルツブルガー・ノッケル』。
ザルツブルクの山々を模したスフレ菓子です。
普段はあまり甘いものを食べない山本さんも好奇心満々で挑戦しました。

2006年 11月 3日 撮影日誌 | | トラックバック (0)

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』オフショット ザルツブルク編

8月1日 大聖堂でレクイエムの演奏を聴いたあとに
ザルザッハ川に架かる橋の上で朗読の撮影を行いました。
ザルツブルクはあいにくの雨続き。
わずかな合間を縫っての撮影でしたが、このときは
ちらっと虹も出ていました。
翌8月2日の早朝にはモーツァルト生誕の家を訪れました。

500K 1M

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2006年 11月 3日 撮影日誌 | | トラックバック (0)

ベルリンまあ、いっか

こんにちはモーツァルトです。
やっと来ました勝負のときが。
王妃フリーデリケから演奏依頼が来たんです。
もう営業の甲斐がありましたよ。
フリーデリケ王妃ご自身もチェンバロをたしなむのだそうで、
そんなに音楽を愛しておられる方々であれば、
きっとぼくの音楽を気に入ってくださるでしょう!

かつてベルリン王宮があった宮殿広場(ベルリン)

で、結局は新たに曲をご依頼いただいただけでした。
弦四6曲と、ピアノソナタ6曲です。
ま、いいですけどね。書きますよ。書きますけど、
もうちょっと違うことを期待してたものですから。
う〜ん、まあ、でも、ご依頼にはちゃんと応えますんで。
動物園でも行こうかな。
ウィーンにもありますけど、
ここベルリンにも動物園があるんですよ。
こうなったらもうベルリンには用はないし、
クマでも見ながら愛しいコンスタンツェに手紙書きますよ。
あ”〜早く帰ってコンスタンツェのおしりをペンペンしたいなぁ〜!

1789年5月 第165回 11月3日(金)放送

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2006年11月 2日 (木)

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』 制作日誌(11)ザルツブルク編3

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』 制作日誌(11)ザルツブルク編3

8月2日 ザルツブルクのザルザッハ川にかかる橋の上にて。

背景に見えるのがザルツブルクのシンボル ホーエンザルツブルク城。
山本さんもケーブルカーに乗ってお城まで行きました。

2006年 11月 2日 撮影日誌 | | トラックバック (0)

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』オフショット ウィーン編

7月28日 朝9時ごろシェーンブルン宮殿にて。

前日の午後、4時間半かけて電車でプラハからウイーンにやってきました。
電車の中は冷房がきかず、みな消耗気味でしたが、
一晩休んで爽快な笑顔の山本さん。早朝の限られた時間での
宮殿撮影をこなし、ホテルに朝食をとりに戻る前に
インタビューをさせていただきました。

500K 1M

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2006年 11月 2日 撮影日誌 | | トラックバック (0)

ベルリン幸先よさげです

こんにちはモーツァルトです。
ウィーンを出てもう1ヶ月過ぎてます。
はるばるやってきましたベルリンまで。
まあとりあえず着いたばっかりなんでオペラでも、
って思ったらぼくの「後宮からの誘拐」をやってるじゃありませんか。
で、観に行ってみたらこれがしょーもない演奏なんですよ。
ブーイングしちゃいましたけど、
まさかぼくがブー飛ばしてるとは思いませんよね。
しかし、もっとちゃんと演奏してくれなきゃ困ります。

コンツェルトハウス(ベルリン)

なんかおもしろいことないかな、
と思って新聞を見てたら、こんな記事が出てたんですよ。

“ウィーンから来た10歳の名手フンメル氏がピアノを演奏する”
“彼は著名なモーツァルト氏の弟子で―”
“その熟練し洗練された演奏はあらゆる期待を凌駕している”

おいおい、これってあのフンメルくんじゃないですか!
こいつぼくの弟子ですよ!前は白ポチャなコドモだったのに!
いやあ立派になってるじゃないですか!
これは嬉しいですね!いやあ幸先いい気がしてきたなー!

1789年5月 第164回 11月2日(木)放送

2006年 11月 2日 | | トラックバック (0)

2006年11月 1日 (水)

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』オフショット プラハ編

7月26日 午後4時ごろ プラハ中央駅にて

旅する山本さんのイメージ撮影を行いました。
番組では冒頭シーンで使われています。
40度近い猛暑の中、スタッフが山本さんを扇いだり
汗を拭いたりしながらの撮影となりました。

500K 1M

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2006年 11月 1日 撮影日誌 | | トラックバック (0)

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』 制作日誌(10)ザルツブルク編2

『山本耕史とたどる モーツァルトへの旅』 制作日誌(10)ザルツブルク編2

8月1日 ザルツブルクのザルザッハ川にかかる橋の上にて。

ザルツブルクでは毎日のように雨が降り、撮影も悪天候の合間を縫って行われました。
モーツァルトは決して心から愛することが出来なかった故郷ザルツブルク。
山本さんはどのような印象を持ったのでしょうか。

2006年 11月 1日 撮影日誌 | | トラックバック (0)

ライプツィヒ儲かりません

こんにちはモーツァルトです。
というわけでまたライプツィヒに戻ってきました。
この街はあの大バッハの故郷というだけあって、
フツウの市民の間でも音楽が盛んです。
ゲヴァントハウスという建物にホールがあって、
そこに一般市民が運営するオーケストラがあるんですよ。
で、友人たちに頼まれて、そのオケで演奏会を開くことになりました。

ゲヴァントハウス(ライプツィヒ)

市民の皆さんの音楽への愛情はすばらしいですし、
ぼくの演奏会は大成功でしたけど、
全然儲かりませんでした。
ま、仕方ないですね。これはボランティアみたいなもんです。
早く国王に会わなきゃ...と思っていたら、
今までずっと一緒だったリヒノフスキー侯爵が、
急にウィーンに戻らなきゃいけなくなったって言うんです。
ポツダムでも空振りだったし、
ちゃんと国王に会う段取りしてくんなきゃ困りますよ!
急用って女の子に会うとかじゃないでしょうね!?
まあいいや。もうぼくひとりでベルリンへ行きますよ!

1789年5月16日 第163回 11月1日(水)放送

2006年 11月 1日 | | トラックバック (1)



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