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山本耕史

山本耕史 1976年10月31日生まれ B型
2005年、エランドール新人賞、ギャラクシー賞月間賞(04.05月度)・同年間奨励賞、2004年ザ・テレビジョン・ドラマアカデミー助演男優賞 ほか
(撮影 林義勝)

山本耕史公式サイト



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2006年9月 4日 (月)

ろくでなしとか若造とか

こんにちはモーツァルトです。
最近、このブログではこれまでのぼくのことを、
いろいろな切り口でお伝えしてきましたが、
来週からはいまのぼくのことを日々書き綴っていきたいと思います。
そこで今週は、故郷ザルツブルクを離れて、
ウィーンに来てからのことを振り返ってみましょう。
1781年、ぼくが25歳で、まだザルツブルクの大司教コロレドに仕えていたときのことです。
コロレドは貴族たちと交流するためにウィーンを訪れていました。
そういうときって、お抱えの音楽家を連れて演奏させるのがつきものなので、
そのときミュンヘンにいたぼくをわざわざウィーンに呼んだんですよ。
着いていきなり貴族たちを招いた演奏会を開いて、
ぼくはもちろんかり出されたんです。

コロレドが演奏会を開いたドイチェス・ハウス

ウィーンの貴族たちはぼくの演奏に大喜びだったんですけど、
コロレドはぼくが自分で演奏会を開くことは許してくれなかったんですよ。
でも何の気まぐれか、4月にぼくの演奏会をやっていいってことになって、
そこには皇帝ヨーゼフ2世も来てくださったんですけど、
大成功しましたので、
ぼくはますますウィーンで音楽活動を続けていきたくなっちゃったんです。
ですけどコロレドがザルツブルクに帰ってこいっていうので、
ぼくは嫌だなあ...と思ってるうちに衝突しちゃったんですね。
だって、今日中に帰ってこないと給料没収とかいうんですよ。
ろくでなしとか、若造とか、さんざんいわれて、
さすがのぼくもキレちゃいました。
それでぼくはウィーンで暮らすことになったんです。
上司とのつきあいっていろいろありますけど、
時には思い切った決断も必要ですよね。

今からでも間に合う毎日モーツァルト (総集編第1回)9月4日(月)放送

2006年 9月 4日 |

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 モーツァルトさん、初めまして。アマデウス・ブログを毎回、楽しみに読ませてもらっています。 わけのわからない上司をもつと、大変だよね〜。でも、大司教コロレドさんはわかりやすいほうじゃないかなあ。権力があると威張りたくなるのは人の常だからね。中にはもっと下っ端なのに、もっと陰険なのもいるよ。ぼくも何人... [続きを読む]

受信: 2006/09/04 16:57:23



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