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山本耕史

山本耕史 1976年10月31日生まれ B型
2005年、エランドール新人賞、ギャラクシー賞月間賞(04.05月度)・同年間奨励賞、2004年ザ・テレビジョン・ドラマアカデミー助演男優賞 ほか
(撮影 林義勝)

山本耕史公式サイト



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2006年8月31日 (木)

フルート我慢なりません

こんにちはモーツァルトです。
まあぼくも食べていかなければなりませんから。
ウザい仕事もやんなきゃいけないんですよね。
ウザいといえばフルート。
マジでウザいです。

当時のフルートは木製で音程が合わせにくく不安定だった

何がウザいって、
これってムチャクチャ音程が合わせにくくて、
滅多にまともに鳴らないんですよ。
これの曲を頼まれるとマジでウザいです。
正直我慢なりません。
...なんですけど、どういうわけかお金持ちや貴族が、
フルート好きなんですよね...
ですから頼まれたらがんばって書きましたよ、何曲も。
書き出すと結構面白くなっちゃって、
即興で流行りの歌曲のメロディを使って作曲したりとか、
思わず調子に乗っちゃったりするんですけどね...
ちゃんと鳴ってくれればいい楽器なんだけどな。

夏の特別編 モーツァルトと楽器(4) 8月31日(木)放送

2006年 8月 31日 | | トラックバック (0)

2006年8月30日 (水)

ケーゲルシュタットとヴィオラ

こんにちはモーツァルトです。
ケーゲルシュタットやったことあります?
これ、結構面白くて、一時期ハマったことがあるんです。
ウィーンではよく友達と遊びにいきました。

ケーゲルシュタット(九柱戯)現在のボーリングの前身

それでぼくが投げる順番を待つ間に、
浮かんだメロディをピアノトリオにしたりしたんですよ。
これ、ヴィオラとクラとピアノのトリオなんですけど、
ちょっと珍しい編成ですよね?
派手好きなぼくにしては意外かもしれませんが、
実はぼく、ヴィオラが結構好きなんです。
ヴィオラって割に地味なところを受け持たされて、
中低域の響きを足すだけ、
みたいに扱われてるんですけど、
ぼくはヴィオラの渋くてふっくらした豊かな響きが好きなんです。
それでぼくの曲では主旋律をガンガン弾かせたりしてるんですけど、
ぜひ聴いてみてください!
きっとヴィオラのよさを分かってもらえると思いますんで!

夏の特別編 モーツァルトと楽器(3) 8月30日(水)放送

2006年 8月 30日 | | トラックバック (0)

2006年8月29日 (火)

ヴァイオリンって。

こんにちはモーツァルトです。
父がザルツブルクの宮廷ヴァイオリニストだった関係で、
ぼくも幼い頃からヴァイオリンを習う機会に恵まれていました。

モーツァルトの父レオポルドが使っていたヴァイオリン(ウィーン美術史美術館)

実際、あっという間にぼくはヴァイオリンがうまくなって、
13歳で宮廷楽士長に任命されるまでになったんです。
なんでもまだぼくが小さい頃に、
父が仲間とヴァイオリンの合奏をしてるのを見て、
演奏に加わりたい!って言い出して、
それまで習ったことのないヴァイオリンを、
バリバリ弾いてみせたんだそうですよ!
ホントですかね??
まあ、神童とかいわれていたくらいですから、
本当かもしれませんが...
ヴァイオリンの曲って、
超絶技巧で派手に弾きこなすとかなり見栄えがするものですから、
ぼくもそういう曲をいくつか書きましたけど、
実際演奏会ではスゴく受けたんで、
ヴァイオリンの曲は大好きです。

夏の特別編 モーツァルトと楽器(2) 8月29日(火)放送

2006年 8月 29日 | | トラックバック (0)

2006年8月28日 (月)

クラヴィーアといえば。

こんにちはモーツァルトです。

小さいときに習う楽器といえば、
鍵盤を叩くやつが多いですよね。
神童とまで言われたぼくも、
幼いころから親しんでいたのが、
チェンバロというクラヴィーア(鍵盤楽器)です。
鍵盤を叩いて音を鳴らす楽器にはいろいろあるのですが、
チェンバロは弦をツメではじいて鳴らす仕組みで、
音はきらきらと華麗な響きがしますから、
当時ヨーロッパではクラヴィーアといえばチェンバロだろ、
という勢いでした。
反面、音の出方が不安定だという欠点があって、
思うように音が出ないことがあるんで、
演奏会のときなんか実際結構ヤバいんですよ。
と ・ こ ・ ろ ・ が ! ぼくが21歳のとき、
父の故郷アウクスブルクで出会った最新式のクラヴィーア、
シュタインさんという職人が作ったフォルテピアノというんですが、
これにはびっくりしました。
フォルテピアノはチェンバロと違って、
弦をたたいて音が出る仕組みになっていて、
音がムチャクチャ安定してるんです。
これに出会ったときはうれしくて、
ずっと弾いてましたね。
その後ウィーンでは、
「ウィーン式」のフォルテピアノを手に入れることができたんです。

モーツァルトが使ったワルター製の「ウィーン式」フォルテピアノ

「ウィーン式」は、シュタインさんのより、一層洒落てるというか、
より軽やかでころころ転がるような響きが気持ちいいんです。
ぼくは「ウィーン式」のフォルテピアノがすっかり気に入ってしまって、
演奏会にもわざわざ持ち込んで弾いたりしました。

夏の特別編 モーツァルトと楽器(1) 8月28日(月)放送

2006年 8月 28日 | | トラックバック (0)

2006年8月25日 (金)

リボンはどこいったんだ

こんにちはモーツァルトです。
このまえ、ぼくの親友のジャカンがうちに来たんですけど、
そのときぼくが妻にプレゼントした大事なリボンがどっかいっちゃって、
大騒ぎして探してたんですよ。
そしたらジャカンも一緒になって探してくれたんですけど、
そのときの様子がなんかおかしかったんで、
「いとしいマンデル リボンはどこなの」って、
三重唱のアンサンブルを作曲したんです。
まあ何でもありって感じですね、
ぼくの作曲のスタイルってのは。
でもこれを親友のジャカンとぼくと妻の3人で歌うと、
とっても楽しいんですよ。

「いとしいマンデル リボンはどこなの」自筆譜

結構気に入っちゃって、
プラハに行ったときにも演奏しちゃいました(笑)
こういうやつは他にも何曲かあるんですけど、
ジャカンつながりだと、
「何も言わずに嘆こう」っていう三重奏が結構いいですよ。
これはちょっと切ない、美しい曲なのでおすすめです。

夏の特別編 モーツァルトと声楽曲(5) 8月25日(金)放送

2006年 8月 25日 | | トラックバック (0)

2006年8月24日 (木)

ゲーテの「すみれ」

こんにちはモーツァルトです。
みなさん、ドイツの詩人ゲーテの作品を読んだことありますか?
まだだったらぜひご一読をお勧めします。

ゲーテ

正直、ぼくが最初に読んだときは、やられましたね。
特に「すみれ」。これは深いです。泣けます。

ああ とすみれは思う 
もしも自分が自然の中で
一番綺麗な花だったら—

どうですか、このあとこの詩、どうなると思います?
ぼくなんかもうこれだけでグッと来ちゃいますよ〜!
これはぜひ最後まで読んでいただきたいです。
そんなわけでもちろんぼくはこの詩に曲をつけてみましたので、
ぜひぜひ聴いてみてください!
詩はゲーテじゃないんですが、
他には「老婆」とか「小さな糸紡ぎ娘」なんかもおすすめですけど、
なんといってもやっぱ「すみれ」かな...

夏の特別編 モーツァルトと声楽曲(4) 8月24日(木)放送

2006年 8月 24日 | | トラックバック (0)

2006年8月23日 (水)

カノン

こんにちはモーツァルトです。
声楽曲にはいろいろな形式の曲があるんですけど、
なかには「カノン」という形式の曲があります。
これは複数の歌い手がさまざまに曲を歌い継いで、
その響きの面白さを楽しむというものなのですが、
ぼくもカノンを30曲くらい作曲しました。
これは何人かで歌い継いで遊べるので、
友達と歌って遊ぶための曲も何曲か書きました。
「プラーター公園に行こう」って曲は、
そのまんまなんですけど、
友達とプラーター公園に遊びにいこうって曲なんですよ。
歌詞も公園にうんちがいっぱい、とかなんですけど(笑)
カノンってそうやって気楽に遊べるところが楽しいんです。

プラーター公園

その他のも、「わたしゃマルスとイオニア人になるのは難しい」とか、
「おお お前 ばかのマルティンよ」とか、
正直内輪受けみたいなしょうもない曲を書いて遊んでたんです。
あんまりおすすめはしませんけど(笑)
よかったら聴いてみてください!

夏の特別編 モーツァルトと声楽曲(3) 8月23日(水)放送

2006年 8月 23日 | | トラックバック (0)

2006年8月22日 (火)

歌に祈りをこめて

こんにちはモーツァルトです。
ぼくは18歳の頃、ザルツブルクで大司教に仕えていましたので、
教会のためにいろいろな曲を作りました。
どんなひとの心の中にも、
神に祈りを捧げるような敬虔な思いってあると思うんですけど、
ぼくも教会で、自然に神に祈るような気持ちで、
声楽のための曲を作曲してたんです。

ザルツブルク大聖堂

聖母マリアのためのリタニア」という曲は、
そのなかのひとつですが、
リタニアというのは、
司祭が主イエスや聖母マリアを賛美して、
それに信者が応えるという、
祈りの儀式の音楽のことです。
これが当時、ウィーンやザルツブルクで流行っていたんですよ。
ぼくのこの曲は、そうしたリタニアの中でも、
かなりな完成度だと自負してますんで、
ぜひ聴いてみてください!

夏の特別編 モーツァルトと声楽曲(2) 8月22日(火)放送

2006年 8月 22日 | | トラックバック (1)

2006年8月21日 (月)

歌曲に心をこめて

こんにちはモーツァルトです。
さて先週はぼくの恋のお話をしちゃいましたが、
今週は音楽のお話、特にぼくの声楽曲の紹介をしたいと思います。
声楽曲って歌詞があるので、なんか思い入れできちゃうんですよね。
ということで今日は「愛」の歌曲をご紹介します。
ぼくがマンハイムにいた頃、
友人のフルート奏者のお嬢さんからフランス語の詩をもらったんですよ。
それでその子がかわいかったので(笑)、
がんばって歌をつけてみたのが「寂しく暗い森で」という歌曲なんです。

「寂しく暗い森で」自筆譜

ぼくにしてはフランス語の歌曲は珍しいんですけど、
そういう背景があるんですよね〜!
これはとてもロマンティックな歌なのでぜひ聴いてみてください!
もうひとつ、こちらはイタリア語の歌曲です。
ぼくは13歳から17歳にかけて3回イタリアに行ったのですが、
そこで出会ったいろいろな歌にすっかり魅了されてしまいました。
「静けさは ほほえみながら」という歌曲は、
イタリア旅行中に歌曲の魅力に目覚めて書いた曲です。
これを聴くと当時イタリアで舞い上がってたぼくの思いが、
とてもよく伝わってくるんですよ...
ぜひ聴いてみてください!

夏の特別編 モーツァルトと声楽曲(1) 8月21日(月)放送

2006年 8月 21日 | | トラックバック (0)

2006年8月18日 (金)

親孝行しちゃいました!

こんにちはモーツァルトです。
今日は父をウィーンに招待したときの話です。
1785年、ぼくはウィーンに来て4年め、29歳になっていました。
演奏会や作曲活動に追われて、
忙しいけど充実した毎日を送っていたんです。

モーツァルトハウス(ウィーン)

それで、そんなぼくの姿を父に見せたいって思って、
ウィーンに来てくださいって手紙を書いたんです。
ちょうど、演奏会用の新作でピアノ協奏曲の初演を控えていましたので、
ぜひその演奏会に立ち会ってほしいと思ったんですよね。
ピアノ協奏曲はぼくが得意にしているジャンルですから、
きっとこの新作の初演の様子は父も喜んでくれるでしょう。
ぼくの新作はピアノ協奏曲としてははじめての短調の曲で、
曲は演奏会の前日にやっと出来たばっかりで、
ぼくはまだ一回も通しで演奏してないような状態だったんですよ。
父は演奏会の当日にウィーンに着いたのですが、
まだ写譜屋さんが楽譜に起こしているのを見て、
ちょっと心配していたみたいなんですが、
演奏会はいっぱいひとも集まって大成功でした。
父もきっとぼくの活躍ぶりを喜んでくれたことでしょう。
いやあ、親孝行しちゃいました!

リクエスト特集(5) 8月18日(金)放送

2006年 8月 18日 | | トラックバック (0)

2006年8月17日 (木)

トルコブーム!

こんにちはモーツァルトです。
今日はウィーンがトルコブームに沸いたときの話です。
1783年、ぼくが27歳のとき、
ウィーンはオスマントルコ戦勝利100年を迎えて、
ちょっとしたトルコブームに沸いていました。
トルコといえばウィーンの隣国で、
100年前にウィーンを侵略しようとして攻め込んで来たんですが、
見事ウィーンが大勝利をおさめたという歴史があるんですね。
それで当時敗走したトルコ軍が残していったコーヒー豆から、
コーヒーがウィーンに定着してカフェ文化が生まれたとか、
トルコのシンボル三日月から「キプファール」っていうパンが生まれたりとか、
いろいろトルコ文化の影響が残ったそうなんです。

キプファール

それでぼくもトルコ軍の軍楽をモチーフにしてピアノソナタを書いたんですよ。
トルコの音楽ってちょっとエキゾチックな魅力があるんですよね。

リクエスト特集(4) 8月17日(木)放送

2006年 8月 17日 | | トラックバック (0)

2006年8月16日 (水)

家庭教師

こんにちはモーツァルトです。
今日はぼくがザルツブルクと訣別して、
ウィーンで暮らし始めた頃のことを書きたいと思います。
1781年の初夏、25歳のときにぼくは故郷を出て、
ウィーンで自立した生活の道を歩き始めました。
でも最初は不安でしたよ。
だってどうやって食べていけばいいか、
全然保証なんてありませんでしたから。
ですから最初はクラヴィーアの家庭教師をすることにしたんです。
それも高い授業料で、少数の弟子しかとらないことにしました。
そうしないとぼくが安っぽく見られちゃいますからね。
最初の弟子はぼくより2歳年下のアウエルンハンマー嬢で、
裕福な実業家の娘です。
正直、ルックスは全然ぼくの好みじゃないんですけど、
音楽の方はなかなかの才能です。
彼女とは、毎週日曜日の朝アウガルテン庭園で開かれる音楽会で、
連弾の演奏を披露したりしました。

アウガルテン庭園

いつのまにか、ぼくと彼女が結婚するなんて噂が流れたりしましたけど、
ホント彼女はぼくはちょっとムリなんで、
実はその噂も彼女が流したんじゃないか?ってぼくは思ってるんですよ。
当時は、ぼくはちょっと人気の家庭教師になっていましたからね。

リクエスト特集(3) 8月16日(水)放送

2006年 8月 16日 | | トラックバック (0)

2006年8月15日 (火)

疾風怒濤

こんにちはモーツァルトです。
今日はぼくの作曲の大きな節目になった経験について書きたいと思います。
ぼくは17歳だった1773年の夏から秋にかけて、
ウィーンに旅行しました。
当時ウィーンでは、
ドイツで起こった「疾風怒濤」という文学運動の嵐が吹き荒れていました。
これは、古くさい常識を否定し、
ぼくみたいな若者の新しい価値観を尊重しようというもので、
もちろんぼくも大いに影響を受けて帰ってきました。
当時ぼくはザルツブルクでは宮廷楽師長の職務についていましたが、
楽師長といっても主人である大司教コロレドの好みに合わせて、
演奏したり作曲したりというのが主な仕事なんです。

レジデンツ(大司教が暮らした館。この写真はモーツァルトが演奏した会議室)

ウィーンで「疾風怒濤」運動の影響を受けたぼくは、
主人の言いなりになっているのがたまらなくて、
勢いでこんな交響曲を作曲したりしたんです。
いま思うと、若さゆえ...っていうんでしょうか、
ぼくにしては珍しい短調の激しい曲で、
青春の思い出というか、懐かしいですね。

リクエスト特集(2) 8月15日(火)放送

2006年 8月 15日 | | トラックバック (0)

2006年8月14日 (月)

旅のはじまり

こんにちはモーツァルトです。
今週はぼくのこれまでの人生の節々をちょっと振り返ってみましょう。
人生っていってもまだ30年も生きてないんですけどね。
まあほんとうにいろいろなことがありました。
旅行もいっぱいしました。
でも優れた才能のひとは、
いつも同じ場所にいれば、
だめになってしまうとぼくは思うんです。
そんなぼくの旅は、
ザルツブルクからはじまりました。
家はゲトライデ通りにあって
決して広くなかったんですが、
そこでぼくの家族は4人で暮らしていました。
父は宮廷楽団のヴァイオリン奏者で、
母は音楽家ではなかったけど、
母の父が声楽家でしたから、
音楽をとても愛していました。
ぼくには5歳年上のナンネルという姉がいて、
父からクラヴィーア(ピアノの前身)を教えてもらっていました。

姉ナンネル

その様子をみて、ぼくも鍵盤を叩き始めたそうです。
3歳のときのことだそうです。
そしてぼくの長い旅がはじまったというわけです...

リクエスト特集(1) 8月14日(月)放送

2006年 8月 14日 | | トラックバック (0)

2006年8月11日 (金)

ヨゼファ・ドゥーシェクのこと

こんにちはモーツァルトです。
女の子のお話をするのも今日でとりあえずおしまいです
(また思いついたらやるかもしれないけど)。
今日はプラハ出身のソプラノ、
ヨゼファ・ドゥーシェクのお話です。
彼女と初めて会ったのは、
ぼくが21歳でまだザルツブルクにいたときのことです。
当時23歳だった彼女がぼくの家で開かれた演奏会に来て、
歌ってくれたんです。
それがとても表情豊かでよかったので、
ぼくはアリアを作曲して彼女に捧げました。

ヨゼファ・ドゥーシェク

彼女の旦那さんも有名なクラヴィーア奏者で、

ぼくのことをよく理解してくれていましたので、

彼女とはいいおつきあいをさせてもらってます。

その後、オペラを作るためにプラハに行ったとき、

彼女は別荘にぼくとコンスタンツェを滞在させてくれたんです。

こんなにぼくのことを理解して協力してくれた彼女のことを、

ぼくはずっと忘れないでしょう!

夏の特別編 モーツァルトと女性たち(5) 8月11日(金)放送

2006年 8月 11日 | | トラックバック (0)

2006年8月10日 (木)

ナンシー・ストーラスのこと

こんにちはモーツァルトです。
今日の女の子の思い出は、
すてきな歌手のナンシー・ストーラスのお話です。
彼女はロンドン出身のソプラノで、
ウィーンでたいへんな人気歌手でした。
ぼくのオペラ「フィガロの結婚」の初演時に、
ヒロインのスザンナを歌ってくれたんです。
実はぼくも彼女のことを思い描いて、
スザンナのパートを作曲してたんですけどね。
なんといっても彼女はかわいらしくて、
ルックスにぴったりの歌声と、
並外れた演技力を持ってましたから。

ナンシー・ストーラス

彼女のおかげで「フィガロ」は成功したといってもいいくらいです。

そんな彼女も、イギリスに帰らなきゃいけなくなって、

送別演奏会が開かれることになったんです。

それでぼくはその演奏会のためにアリアを作って、

本番では彼女の伴奏をしました。

その後もう彼女と会うことはないのかなぁ..と思うととても寂しいですが、

彼女のことはずっと忘れないでしょう!

夏の特別編 モーツァルトと女性たち(4) 8月10日(木)放送

2006年 8月 10日 | | トラックバック (0)

2006年8月 9日 (水)

コンスタンツェのこと

こんにちはモーツァルトです。
今日はぼくの奥さん、コンスタンツェのことです。
実は彼女、昨日書いたアロイジアの妹なんですよ!
こう書くとぼくのことをなんて節操のないやつ、
って思うかもしれませんけど、
そんなことないですよ!
だって、コンスタンツェはとてもとてもすばらしい女性なんですから。

コンスタンツェ

ぼくが彼女に出会ったのは、
本格的に音楽活動を始めるためにウィーンに出たときなんです。
コンスタンツェとアロイジアはヴェーバー家のお嬢さんで、
当時ヴェーバー家はウィーンに居を構えていました。
そのときアロイジアはもう結婚してましたっけね...
それでぼくは、ヴェーバー家に居候してまして、
そういう流れでコンスタンツェとできちゃったんです...
父はヴェーバー家のことをあまりよく思ってなくて、
ぼくとコンスタンツェの結婚に大反対でしたけど、
コンスタンツェのお母さんが、
あんたほんとにうちの娘と結婚する気あるの?
って怒りだしたんで、
父の反対を押し切って結婚しちゃいました。
コンスタンツェのことをいろいろいうひともいるけど、
ぼくにとってこんなに大切な女性はいません!
マジ愛してます!
当たり前ですが彼女のことはずっと忘れないでしょう!

夏の特別編 モーツァルトと女性たち(3) 8月9日(水)放送

2006年 8月 9日 | | トラックバック (0)

2006年8月 8日 (火)

アロイジアのこと

こんにちはモーツァルトです。
というわけで、ぼくは泣く泣くすてきなベーズレと別れて、
職を探しにマンハイムへ行くんですけど、
ここでもまたすてきな子に出会っちゃったんです。
その子はソプラノの卵で、アロイジアっていうんですけど、
あのときはまだ17歳とかでした。

アロイジア

それがこの子の声がすごくキレイで、
歌もむちゃくちゃうまいんです。
正直惚れちゃいました。
マンハイムでは職探しをしなきゃいけなかったんですけど、
彼女と過ごすのが何より楽しかったです。
そしたら父が就職活動でパリに行きなさいって言って来て、
しょうがなくパリにいったんです。
アロイジアもぼくとの別れを涙を流して悲しんでました。
そんな思いで出掛けたパリでは前に書いた通り踏んだり蹴ったりで、
もう散々な思いでミュンヘンに戻ったんですけど、
そこでアロイジアに再会できたんです!
...そしたらアロイジアはもう売れっ子になっていて、
職のないぼくの相手なんかしてくれませんでした。
そのときのぼくの落ち込みようといったら...
自分でも思い出したくないくらいですが、
やっぱり彼女のことはずっと忘れないでしょう!

夏の特別編 モーツァルトと女性たち(2) 8月8日(火)放送

2006年 8月 8日 | | トラックバック (0)

2006年8月 7日 (月)

ベーズレのこと

こんにちはモーツァルトです。
さて先週はぼくの思い出の街の話をしましたが、
今週は思い出の女の子の話をしたいと思います。
思い出じゃなくて現在進行形の子もいるんですけどね。
ぼくが21歳のとき、これから就職先を探しに行かなきゃ、
という矢先に、久しぶりに父の故郷・アウクスブルクに行ったのですが、
そのとき、父の弟の娘で、つまりぼくのいとこにあたるんですけど、
幼なじみのベーズレちゃんに久しぶりに会ったんです。

ペーズレ

彼女はもう19歳になっていて、
とってもいい感じだったんですよ!
かわいいだけじゃなくて、
性格も明るくて頭も良くて、
ぼくの下品な冗談にもつきあってくれて(笑)、
もうとってもいい感じなんです。
アウクスブルクには2週間しかいられなくて残念だったんですけど、
その後あちこちで就職に失敗してミュンヘンに戻ったとき、
ベーズレに会いたくて、来てよ!って手紙を書いたら、
わざわざミュンヘンまで来てくれたんです!
あのときは嬉しかったなあ...
その後も彼女とは手紙のやりとりを続けてます。
きっと彼女のことはずっと忘れないでしょう!

夏の特別編 モーツァルトと女性たち(1) 8月7日(月)放送

2006年 8月 7日 | | トラックバック (0)

2006年8月 4日 (金)

ミュンヘンのこと

こんにちはモーツァルトです。
街のお話をするのも今日でとりあえずおしまいです
(また思いついたらやるかもしれないけど)。
今日はミュンヘンの思い出です。
実は5歳のとき生まれて初めて旅行した先が、ミュンヘンなんです。
ザルツブルクから近いですけどね(笑)。
でもぼくがはじめて見た大都会だったんですよ。

ミュンヘン

ザルツブルクも美しい街ですが、ミュンヘンの印象はひたすら鮮烈で、
ぼくはミュンヘンの宮廷音楽家に憧れていました。
18歳のときにマクシミリアン3世の依頼で書いたオペラがミュンヘンで成功したこともあって、
21歳でザルツブルクの宮廷楽団を辞めたときには、
真っ先にミュンヘンの宮廷に仕えたいってマクシミリアン3世にお願いしたんです。
でも、「空きがない」って言われて断られちゃいました...
その後、マンハイムやパリでも就職できなくて、
おまけに失恋までしちゃって(涙)、
もう踏んだり蹴ったりでザルツブルクに帰ったんですけど、
そのあと作った新作のオペラ「イドメネオ」は、
しっかりミュンヘンでも成功しました。
マクシミリアン3世も喜んでくださったんですが...
やっぱりぼくにとってミュンヘンはちょっとほろ苦い思い出の街です。

夏の特別編 モーツァルトと街(5) 8月4日(金)放送

2006年 8月 4日 | | トラックバック (0)

2006年8月 3日 (木)

パリのこと

こんにちはモーツァルトです。
今日の街の思い出は、パリです。
ぼくが最初にパリに行ったのは、7歳のときでした。
当時ぼくは、神童ということになっていましたので(笑)、
パリでも国王ルイ15世に呼ばれて演奏したりしていました。
そしてそこでも、ぼくの演奏を聴いた国王や貴族のひとたちが誉めてくださり、
ぼくはいつのまにかヨーロッパ中で名が知られるようになっていたんです。
ところが22歳になって、ザルツブルクの宮廷楽団を辞めて、
仕事を探しに母と再びパリに行ったときには、
もう以前のような歓迎ぶりはどこにもありませんでした。

ヴォージュ広場

以前演奏を喜んでくれた貴族のひとたちは、
神童じゃなくなったぼくの演奏には興味がなかったんです。
パリの人たちってきっと飽きっぽいんですよね。
よかったことといえば、
滞在中に書いた交響曲がウケたことと、
バレエの振り付け師の知人から、
バレエ音楽の作曲を依頼されたことくらいかな...
でも、そのバレエが初演された直後に、母が亡くなってしまって...
パリはもちろんヨーロッパの芸術の中心地みたいな街ですが、
ぼくにとっては、ひたすらほろ苦い思い出だけの街になってしまいました...

夏の特別編 モーツァルトと街(4) 8月3日(木)放送

2006年 8月 3日 | | トラックバック (0)

2006年8月 2日 (水)

ミラノのこと

こんにちはモーツァルトです。

今日はぼくが本格的なオペラとの出会いを果たした街、ミラノのことを書きたいと思います。

ぼくが演奏旅行でミラノを訪れたのは1770年の1月で、14歳になる少し前でした。

ミラノはとても華やかな印象がある活気のある街で、音楽ではなんといってもオペラが盛んでした。
それでぼくもスカラ座のオペラに夢中になっていたんです。

ミラノ・スカラ座

自分の演奏会が成功すると、なんとフェルディナント大公から、オペラの作曲を依頼されました。

ちょっとびっくりしてしまいましたけど、本場で実際にイタリア・オペラを見聞きしたばかりで、その影響もあって一生懸命作ったのが、本場イタリアでのデビュー作「ポントの王ミトリダーテ」だったんです。

このオペラは、同じ年の12月に初演されて、運良く大成功しました。
そのおかげで、新しいオペラの作曲を2本も依頼されたんです!

ぼくにとってミラノは、忘れられないオペラの街です。

夏の特別編 モーツァルトと街(3) 8月2日(水)放送

2006年 8月 2日 | | トラックバック (0)

2006年8月 1日 (火)

『アマデウス・ブログ』本日オープン!

2006年は、天才作曲家モーツァルトがこの世に生を受けて「250回目」の誕生日を迎える年。

世界的な「モーツァルト・イヤー」の機運が高まるのに合わせて、1月30日からウィークデーの毎日、NHK衛星ハイビジョンと衛星第2放送で『毎日モーツァルト』が放送されています。

『アマデウス・ブログ』は、この『毎日モーツァルト』を製作している「モーツァルト・イヤー製作委員会」の了承のもと、株式会社NHKエンタープライズとニフティ株式会社が運営するブログとして本日オープンしました。

もし18世紀後半にインターネットがあって、
Blogが普及していたら…

との想定のもと、「なりきりモーツァルト」が書く記事を通じて、人間モーツァルトをより深く知っていただき、もっと番組を楽しんでいただくことを目指しています。

みなさまに愛されるブログを目指して参りますので、ご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。

2006年 8月 1日 お知らせ |

ロンドンのこと

こんにちはモーツァルトです。

今日はぼくがまだ小さいときに一度行ったことがある、ロンドンのことを書きたいと思います。

父とヨーロッパのいろいろな街に演奏旅行で出掛けたのですが、ロンドンに行ったのは1764年の春、ぼくがまだ8歳のときでした。

ロンドンはたいへんな大都会で、音楽家もたくさん集まっていましたし、演奏会もいっぱい開かれていました。

まだ幼かったぼくは、すでに神童とかいって知られていて、イギリスの国王の前でピアノを弾いたりしたんです。
そんなこともあって、演奏会はここでもたいへんな話題になって、父は結構お金が儲かったみたいです(笑)。

でもぼくが忘れられないのは、バッハの息子であるJ・C・バッハの交響曲を演奏会で初めて聴いて、とても影響を受けたことなんです。

J・C・バッハ

その印象があまりに大きくて、ぼくはロンドンで初めて交響曲を作曲しました。

ロンドン滞在中に父が病気になってしまい、演奏活動を中止せざるを得なくなったとき、ぼくはより難しい交響曲の作曲に夢中になりました。

ロンドンにいたのは1年と3ヶ月くらいでしたけど、ぼくにとっては忘れられない街です。

夏の特別編 モーツァルトと街(2) 8月1日(火)放送

2006年 8月 1日 | | トラックバック (0)



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